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2020年5月13日 (水)

お知らせ

皆様おはようございます。
新しいブログをlivedoorにて開設いたしました。
とはいえ、トップ画像が表示されないとか、まだまだ慣れなくて整備途上ですが。

引っ越したけれど段ボールのまま、カーテンもついていない部屋みたいな感じですが、
よろしければのぞきにいらしてくださいませ。→click

このブログはアーカイブとして残しておきます。
それではよろしくお願いいたします。

りきまる拝

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2020年5月 9日 (土)

圧倒的な空間に身を浸す

朝起き抜けにInstagramを開くと、ドイツ在住の方の投稿で「ハノーファーの美術館が再開」と書かれていた。
読んだ瞬間、コロナ禍以降決定的に自分の中に欠乏している何かがはっきりわかった気がしてすっきりした。

在宅引きこもり生活は案外性に合っていて、散歩して、掃除して、本を読んで、丁寧に料理して、猫と遊んで。
一人でいることもさして苦にならぬ。
我が生活は人生史上最高に整って快適  なはずなのである。→ Instagram

でも何かが足りないんだよなあー。。。とずっともやもやしていた。

そうなのだ。美とか芸術とか、それらがみっしり詰まった「場」。足りないのはそれなのである。
身近な風景の美しさや、盛り付けや整った部屋の清々しさ。それもとても素敵なのだけれど。
私が今触れたいのは「日常の美」ではなく「圧倒的な美」「圧倒的な美の空間」だ。

テレビを消して目を閉じて、国立博物館や根津美術館、オルセーやMOMAやマウリッツハイス、能楽堂、三溪園や銀閣寺の庭園。。
そこに身を浸し、全身で美を味わう自分を妄想したら、しびれるような郷愁に満たされた。

いつでも行けて、生活の中に「在る」事が当たり前だったものたちを、どんなに自分が愛していたか、どんなに必要なのかを実感した。
そして美を創り出す、芸術に携わる人たちってなんて有難いんだろう。心からのリスペクトを感じたのである。

危機に瀕して大切なものに気が付く、人生とはまた不思議なものである。

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2020年5月 6日 (水)

一本100円の威力

昔からだんごに目がなく、餅菓子やの前を通ると試さずにはいられなかった。
でもなかなか納得するだんごに出会わぬ。最近はどうも餅がだらだらと緩いのが多い気がする。

長い自粛生活の散歩の徒然に、またあれこれ試してみようと最近よくだんごを食べている。

ある日「食べながら行きますから。」と受け取ってしまったけれど。→Instagram
ふと、マスクを外さないと食べられないことに気づき。
更に外したマスクをどこにしまうか迷い。(マスクの外側には菌がいっぱいだからエコバッグには入れられぬ。。)
マスクなしで往来に立っている自分が、まるで裸でいるように落ち着かぬ。トランプ並みにマスクぎらいだった私がである。

こんな日々のささやかな楽しみも奪われているのかー。。とちょっと肩を落としてしまった。

まあでも、好きなだんごを食べている瞬間は幸せだ。

①こげめ強め、餡は醤油がち、でも餅は一番好み →Instagram
②餡甘めですごく好み、餅はもう一押し腰があれば。。それに大きすぎ。この歳になると少し小さめのほうがいい。 →Instagram
「①の餅に②の餡が今のところマイベストだんごである。」

などと愚にもつかぬことを考えている瞬間は、コロナの不安も大恐慌の恐怖も頭にないのだから。
一本100円のだんごが持つ威力は大したものだと感心している。

ちなみに今朝もおめざにだんご。柏餅と一緒に昨日買ったからちょっと固かった。餡だんごはこしあん+白餅が好みなんだけどね。→Instagram

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2020年5月 5日 (火)

ひそやかに仮再開のお知らせと、お坊ちゃまくんの最期について

皆様、大変ご無沙汰しています。
というより、こんなに長くほったらかしにしてしまいましたこと、心よりお詫び申し上げます。

引っ越すか止めるか踏ん切りもつかぬままInstagramに日々の記録だけして、顔も名前も知らぬインスタグラマーと気楽な会話だけを楽しんできました。

が、5月に入りふと自分の心の中に言葉が満ちてきているのを感じました。
消えてしまう前にどこかに書き留めておきたいけれど、その先はInstagramでもなくFacebookでもない気がする。やはりここなのだと改めて思うに至り、だれもいないがらんどうのこの場に帰ってきた次第です。

とはいえいまだ容量は満杯ですので、しばらくは文章だけ。自分のための記録としてつらつらと書き留めて行こうと思います。
写真はInstagramにリンクを張っておきます。


という掘立小屋みたいな仮再開、しかもかつての方々にお知らせする手段もなく。
誰もいない観客席に向かって台詞を言うような、いや本当に自分のためだけに書く記録ではありますが。


たまたま見つけていただいた方のために、まずはおぼっちゃまくんの消息をここに記したいと思います。お坊ちゃまくんはりきまる同様ハンドルネームでして。本名は「こたろう」と言います。
ここではこたろうとして記録をしていきます。

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「今いる場所から出て行こう。」そう思い、転職するか起業するか考え始めたその時、希望していた仕事で転職の声がかかりました。1年ほど前、平成の終わり頃のことです。

責任ある立場でもあり、先方にとっても私自身の適正を見極める時間が必要だったせいか、なかなか話は進まず。ブログをやめた頃は今の仕事に未来を感じられず、なのに行先も決まらず最高潮に精神的に追い詰められている頃でした。


9月に入り急に話が動き出し、月末に内々定を得たその頃、こたろうの首に大きな丸い塊があることに気が付きました。

癌?と一瞬体が硬くなるのを感じましたが。
週末には小さくなっていたので、癌なら小さくはならないだろうと高を括ってしまい、病院に行くのを伸ばし伸ばしにしてしまっていました。

今週こそ病院に行かなくちゃ!という時、こたろうの体調が悪くなりました。急激に食欲が落ち、声がかすれ始めたのです。

首にあるできものは小さいままでしたが、依然としてそこにあり、ある覚悟を持って病院に向かいました。

検査の結果、病名は悪性リンパ腫、かつ腫瘍の影響で元からある腎不全も極度に悪化していました。余命最悪1週間、長くて1か月と告げられました。10月下旬のことです。そこから3週間ほど生きました。

病院でできることははもうほとんどなく、自宅での輸液くらい。

最期の時を少しでも楽にさせてあげるのは私の役目です。そのためにどうしたらいいのか、ネットや本で緩和療法の方法をひたすら調べました。でも少しずつ病気がこたろうの体を蝕み、命が溶け出していくのをただ傍にいて見ていることしかできませんでした。


ある時泣きつかれ看病したまま寝てしまうと、こたろうは寝床から降りてきて私の顔の横で丸くなって寝ていたことがありました。その優しさに心がじんとしました。

寝床の近くに水を置いても自分で水場まで歩いて飲みに行きたがり、何度も何度もいつも置いてある場所までよろよろと歩いて行きました。ある日ついに立ち上がることができなくなりました。何度も立ち上がろうとしてだめで、立つことをあきらめたその時、こたろうがぽろりと涙をこぼすのを見ました。本当です。

最期は看取ることができました。私は左手にこたろうの頭を乗せ、右手でからだを撫でていました。ネットで見た通り、何度か痙攣の発作のあと最後の痙攣がきました。その瞬間、こたろうの体から魂が抜けていくのをこの手で感じました。そして最後の瞬間まで、こたろうはじっと私を見つめていました。

私は子供の様に声を上げて泣きました。泣きながら「親が死んだ時より泣いた。」かかりつけの獣医さんが、愛猫が死んだ時の事をそう言っていたのを思い出していました。

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私の転職が決まり、人生で指折り苦しかった生活にピリオドが打たれるのを見届けるように、こたろうは旅立ちました。まるで「もう僕がいなくても大丈夫だよね。」と言われたような気がしました。


猫は告知も知らず余命も知らず、自分の運命を知りません。「ただ日々を生きる」のみをしています。
死を目の前にして取り乱さず、ただ淡々と最後のその時まで「生きる」をしていました。

朝起きたら死んでいるかも。。と寝る時はいつも不安で、朝いちばんに様子を見るといつも変わらずにっこり微笑んで「にゃあ。」とこたえるのです。→Instagram
私は母とこたろうに「死ぬということ」を教えてもらったように思います。猫はなんて素晴らしい生き物かと改めて思います。

沢山の幸せな記憶を私に残して、こたろうは去っていきました。

私の人生の最高の相棒に、心からの愛と感謝をささげます。

ブログを通して可愛がってくださった方々にも、心よりお礼を申し上げます。
本当にありがとうございました。

さいごのご挨拶の写真→Instagram (Instagramアカウントお持ちでない方も参照可能です)

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