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2019年7月 8日 (月)

花ならいの訳

昨日蕾だった桔梗が、

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朝になり、ぱあっと開いた。

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それだけで、明るい気持ちになった。花の力、すげえ、恐るべしだ。


早め帰宅し、生協で安くなっていた舌平目をムニエルに。

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小麦粉少なすぎて色が悪くなっちゃったけど、味はとてもよかった。

山野草を活けたいと思うようになったのは、大原の寂光院にいって以来だ。

平清盛の娘建礼門院徳子は壇之浦でただ一人生き残り、出家して大原で一族の菩提を弔っていた。

そこに平家を滅亡に追いやった後白河院が行幸。山に花を摘みに行っていた徳子と対面 という話が残っている。

一族の仇であるその人と対面する場面は、深く心に残っていたのであるが、もうひとつ。


花と言えば花屋で買う今のわたしたち。

でも昔は野の花を活けていたのである。フラワーアレンジメントではない、『日本の日常の花』。徳子はどんな花を活けたいたのだろうか。。と思ったら、山野草の花ならいをしてみたいとずっと思ってきたのだ。


かくして本日念願の花をならった。先生もとてもすてきな方だった。

思っていることはやはり現実になるのよね。なぜなら10年も思い続けた金継ぎだって、今や貴重な土日の楽しみになっているのだから。

花ならい、継続したいんだけど費用がなあ。日常にあるはずの花が、まこと高価な趣味になってしまうのが痛いところである。

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