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2019年6月18日 (火)

[少し前の話] : 人の噂

大好きな花の咲く季節がやってきた。

生け垣などにひっそり使われていて、実に控えめな芳香を放つ小さな花。ずっと名前がわからなかったものがふとしたことで判明した。

テイカカズラである。テイカとはあの藤原定家らしい。

Wikipediaで調べると、『式子内親王を愛した藤原定家が、死後も彼女を忘れられず、ついに定家葛に生まれ変わって彼女の墓にからみついたという伝説がある』

とあった。

なんと能に『定家』という二人の愛欲をテーマにした曲まであるというではないか。


三流ゴシップ誌のような話の主人公にされた式子内親王がたまらなく気の毒になり、若き頃長らく愛読したのち売ってしまった本を再び買い直し読みふけった。

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『面影びとは法然 式子内親王伝』1989年刊行。

式子内親王は後白河法王の皇女にして賀茂の斎院であった。当時の皇女は結婚もできなかった。ましてや6歳から神に仕える身となった彼女は、結婚はおろか恋も許されぬ立場だった。

そして後白河法王が亡くなり、世間知らずの彼女は、これが皇女かと思われる扱いを受けていた。

そんな中彼女の人生に光をもたらした相手、それこそが法然であった というのが著者説である。

法然は念仏往生を唱え、旧来の仏教界からは激しく敵視されながらも、その人生を衆生救済に捧げていた。

そんな二人が今生で結ばれようはずもなかった。


乳癌の末期でいまわのきわに、式子は法然に今一度の再開を願う文を送ったようである。

その返信である法然の手紙が奇跡的に残っていた。本の最後にその、式子を想う気持ち溢れた長い手紙が掲載されている。その文は、僧侶である法然と一人の人間としての法然の熱い想いが交錯したものだ。


しかし法然は式子のもとには行かなかった。共に来世で浄土で出会うのだと書かれた文を読んだ式子は、激しい失意の中なくなったであろうことは想像に難くない。

読み進むうち夜になり、余韻をかみしめながら晩酌。

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まぐろ 筍と蕨の酢味噌和え 焼き葱 蕗の薹味噌豆腐


二人は互いに今生での人生の修行を終え、無事会うこと叶ったのだろうか。法然は式子に遅れること11年後、彼女と同じ1月25日に入寂した。


残存し受け継がれた法然の手紙わずか30数通のうち、この手紙だけが異質な内容であるそうだ。この手紙を書いた瞬間、まさしく二人の心は強く結び付いている。生きた真実の文だ。それゆえ大切に受け継がれてきたのかもしれない。それが研究者の手によって明らかになり、数百年の時を越えて、現代に生きる私の心を激しく打つのである。


二人の真実の関係に比べテイカカズラの伝説の、何と下卑たものだろう。かように何も預かり知らぬ世間は、無責任に面白おかしく人を評したり噂を流布するものなのだ。

真実は己の心にあればよい。人から何と言われても気にしないことだ。

20年ぶりにこの本を通して二人の人生に触れ、そんなことを思ったのであった。

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