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2018年12月24日 (月)

驚くほど変わらない町

夕方のフライトまでの時間、しばし懐かしい高知の町を散歩した。
高知城はちょうどチームラボがなにかやっていた。
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でも簡素で昔と変わらぬ高知城公園。
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城の向こうにある付属学校に通っていたので、ここはわたしの通学路のひとつだった。
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家族で写真を撮った石段で自撮り。
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あれから既に半世紀である。

私の出身小学校も中学校も、都心の過疎化でとうの昔に廃校になってしまった。大学も名前が変わり、多摩地区に移転してしまった。母校3校を失っているやつも珍しいだろう。

でも四年生までいた小学校は、耐震補強して生き残っていた!
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中庭の植物園もそのまま。
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50年前私の歩いた廊下も
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母と逆上がりの練習をした鉄棒もそのまま。

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そんなこと普通なのかもしれないけれど。私にとってはあまりに嬉しくて写真におさめまくった。

春、フェンス沿いには白い野ばらがたくさん咲いて、それがとても素敵だった。
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ローズヒップをひとつだけ頂いた。自宅で発芽させてみよう。

昔住んでいた家に行ってみて、子供の頃だいすきだった帽子パンをお土産に購入。
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ここは毎週火曜市がたった場所で。
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現代人の大好物、坂本龍馬の実家のすぐ近くであった。
そもそも皆が坂本龍馬を大好きになった大河ドラマ、竜馬がゆくは、まさに私たちが高知にいた頃大人気で放映されていたのである。かぶれた母は、したの弟に龍馬と後藤象二郎をミックスした名前をつけた。

生前よく母が「偉人にちなんだ名前にすると、反してそんなすごい人にはならないって言うわよね。。」とよくとほほがっていた。(気の毒なのかーちゃんでなく、間違いなく弟であるが。)

高知出身の漫画家西原理恵子が、高知県人の体液にこれが混じっていると評したほど、高知の人大好きすぎるアイスクリン。
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もちろん今回もいただく。

おばちゃんに、「子供の頃、高知に住んでたんですよー!」というと「そーか。そりゃ随分変わったでしょう。」と言われたけれど。

こんな古い家々も残り
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車両も昔のまんま。
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町のの中心部は昔の面影が、嬉しくて泣けるほど残っているのだ。
変化は東京とは比べ物にならぬ。きっつい高知弁を話す人が減り、市ですら標準語で話され寂しいことと、明らかに活気が失われたのだけは変わったかなあ。

さよなら、高知。懐かしき我がふるさと。
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実は東南海地震が怖くて少し足が遠のいていたのだけれど。

家族の思い出の染み込んだこの地に、やはり時々チャージをしに来るべきだと思ったイブだった。

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コメント

りきまるさん、
今年もよろしくお願いします。
変わらない町、いいですね。
先月、虎ノ門に行ったら、昔の町並みが根こそぎ消されて、知らない冷たいビル群になっていて、胸がしくしく痛みました。 おにぎりの 笹の屋は、奇跡的に残っているそうでが。

投稿: Nobrin | 2019年1月 9日 (水) 08時26分

Nobrinさん、
こちらこそ、よろしくお願いします!

そうなんですよ。面影もないほどなくなってますよね。
芝教会をぶち壊したことを知ったときは、さすがに深いため息が出ました。わたしたちの大切なふるさとを、もう少し尊重して開発してほしいです。。
笹の屋、とらのもん、きやあたりは奇跡のように残っていますが。升本やきやの一帯ももうすぐ開発がかかるそうです。塩かりん糖とおにぎりはお早めに行かれた方が良いかもです。(涙)

投稿: りきまる | 2019年1月11日 (金) 00時56分

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