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2018年10月 1日 (月)

台風一過

台風一過はすごくいいお天気で、しかも暑い。
午前中顧客訪問したあとみんなで新丸ビルの沢村でランチ。
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さんざん迷ってチキンソテー。
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大手町丸の内界隈には、台風の爪痕がそこここに。和田倉門から大手町にかけてのお堀沿いの柳が根こそぎ倒れているわ。
永代通りの植え込みに大きな針葉樹の枝が乗っかっているが。
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周囲を見渡してもどこにもこの木はない。

見れば大手町の交差点の信号が傾いている。
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夜、手羽元をサワー煮にした。
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ひそやかな量で終わらせるうちめしは、食後の胃が軽くて楽である。

今日午後は以前の会社の一番偉い人に、わたしが事務局をしている会合の登壇のお願いに行くため、朝から緊張していた。

2年ぶりにお会いしたその方は、母より年上だがいまだ矍鑠とされている。長らくビジネスの荒波を越えて、一時代を築いた蓄積から紡がれる言葉には、何気ない一言に迫力と説得力がにじむ。

まだ均等法もない時代に、女性を男性同等に採用して使うことを推進したのはこの人であった。この人なくば今のわたしはない。ある意味ふるさとの父親のようなものでもあると、勝手に思っている。

転職に失敗し、また転職。いまだ自分らしく生きられていない、そんな今の自分を見られるのが嫌で、散々アポ取りを先伸ばししていたが。どうしてもお願いをせねばならなくなり、今回の面談となった。

開口一番、
「女性活躍の最先端を走っていたあなたが、なぜうちを辞めたんだ?もったいない。」
だった。そうだ、そういう自分だったから、今の姿を見られるのが辛かったのである。しかし優しく語りかけられ、緊張がほぐれ。失敗も含めありのままの自分で話ができたと思う。

「失敗といったって、わたしから見たらまだあなたは全然若い。まだまだこれから色々なことができる。」と言われ、ふとその人がわたしと同じ年齢の時、どういう時代だったのか聞いてみた。

その頃わたしはまだ32歳。あとで調べたら、細川護煕が首相になりJリーグが開幕した年。とてつもなく昔だ。その時代から会社が直面してきた危機や成長の歴史を思った。そしてその歳から今まで自分が経験したことは、32歳までで経験したことの数十倍はある。

「好きなことをやるのはいい。これからはそういう生き方が良い。好きなことをどう金に変えるか考えなさい。」と言われて帰ってきた。

最近本を手に取るたび、テレビを見るたび、人に会うたび、同じメッセージがわたしにやってくる。
没頭でき、夢中になれ、残る人生をかけても惜しくない何かに再び出会えるのだろうか。

4年前まではそういう生き方をしていた。

己の心の奥にたぎる、情熱の向かう先をずっと探し熱望しているわたしである。

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