« 2014年9月 | トップページ | 2014年11月 »

2014年10月31日 (金)

エピローグ


病院の食堂で、ツナサラダとアイスレモンティーでランチ。

今日は有給。朝に猫のご飯と着替えのため1度自宅に帰りまた病室に戻る。
昼過ぎにいらした主治医に「痛がっている感じではないのですが、午前中息を吐く度唸っていました。」と言うと、ちょっと顔色が曇り、廊下へ促される。
「それは下顎呼吸と言って、それが出るともう数時間から1日です。いよいよです。」
先生は再び病室に入ると、私が座っていた母の枕元の椅子に座り母の肩先に触れ、じっと顔を見ていた。先生が母にお別れを言っているのがわかった。

そんなあとのお昼。
写真を撮る私も食べる私も泣いている、そんなランチであった。

| | コメント (0)


午後になると、アロママッサージの方が病室にいらっしゃった。毎週金曜、予約を入れてくれていると先生が仰っていた。亡くなる直前までオイルマッサージしてもらえるなんて、贅沢だねえー、お母さん。

終わったあと看護婦さんが、好きな香りをティッシュペーパーに落としてくださるという。普段ならラベンダーとかゼラニウムとかローズウッドとかなんですよねえ。。と香りを試して、心引かれる初めての香りをお願いした。

「フランキンセンスですね。好みが別れるんですが、私もこれ大好きなんです。教会とか宗教に関係する香りらしいですよ。」
と言われ、そんな香りを選んだ自分に、『いよいよなのだ。』と改めて覚悟した。

ハンカチに挟み、香りを胸一杯に吸い込むととても心が落ち着く。神様、ありがとうございます。

| | コメント (0)

昨夜も殆ど寝ていないので、今日は付き添いベッドで少しうとうとした。夜中の2時過ぎに看護婦さんが体の向きを右下に変え母が窓側に向いた体勢になったのを見た瞬間、何となく予感はした。昨日から母が出ていきやすいよう、窓を小さく開けていた。

目が冴えてしまったのでスマホでハルノ宵子さんと糸井重里さんの対談を読んでいたら、看護婦さん二人が早足で病室にやって来る足音がした。あわてて起き上がると、
「今、呼吸と心拍、停止しました。」と言われ、明かりをつけて母を見た。

「本人もまだ、自分が死んだって気がついてないみたいじゃないですか?」と私。
「本当ですね。なんて安らかなんでしょう。」と看護婦さん。


主治医が想定していた中でも一番苦しくない方法で、自然に母は命を閉じました。こうして私たちの2ヶ月半の看護生活は終了です。

読者の皆様、長らく看護日記にお付き合い下さり、本当にありがとうございました。私自身のため、私と母の最期の日々をどうしても記録しておきたく、暗い話ばかりですが書き留めさせていただきました。

以前ご質問がありましたが、母が入院しておりましたのは白金の北里研究所病院でした。25年前C型肝炎を発症後、歳をとり肝硬変となり、あわせて肝臓には癌が一杯となっていました。
点滴もなし。さいごは痛みどめ以外の薬も使わず、本人が最期までこだわった尊厳ある自然死を全力でサポートしてくださった主治医と看護師さん達に心から感謝申し上げます。

用意していたKID BLUEの真っ白なレースの寝間着に着替えて化粧をしてもらった母は、腹水も浮腫みもなく、とてもきれいで、静かに幸福そうに微笑んでいました。まるでドラマのシーンでも見ているようでした。

でも同じことを皆さんがすべきとは私は思わないのです。
点滴、人工呼吸、胃瘻、抗がん剤。色々な選択肢があるなか、この治療が私たちと母には一番合っていたということです。

突然の別れを迎えたり、遺体も見つからないという方々が世間には沢山いるのです。そんな沢山の死のなか、自分達が納得できるこのような最期を迎えられた私たち母子は幸せなのだ、 心からそう思います。

明日からはまたきっと忙しいんだよね。

| | コメント (24)


「こんな時ナンなんだけどさ、お腹すいちゃった。」
と言うと、上の弟が晩ごはんを買ってきてくれるという。なに食べたい?と聞かれ、
フライドチキン(ほんとはミニストップのだったんだけどね。)
バーガーマニアのフライドポテト
そしてどん兵衛。どん兵衛はさすがに談話室で一人で食べたけど、チキンとポテトは上の弟と二人で病室で食べた。食べながら、「死にそうな母親の枕元でガツガツ食うって、どういう神経だっていわれちゃうかな?」「いいんじゃない?かーちゃん、許してくれると思うな。」なんて話していた。
病室を離れたくない私に代わって、下の弟が猫にご飯をあげに自宅まで往復してくれた。

今日はハロウィーン。母の晩ごはんもハロウィーン仕様になっていて、感想を求めるアンケートがついていた。今夜のメニューにはコメントできないけれど。母の闘病生活を支え、母が楽しみにしていた食事の感想と感謝をアンケートに書いた。、

| | コメント (0)

2014年10月30日 (木)

宿泊許可証


今日は浜松町の割烹着料理やよいにて会食。1ヶ月も前から予定していた会食なので、かなりの義務感を持って参加。無事終わりほっとした。
そのまま病院に戻る。

今朝も、昼も、会食前立ち寄ってもほぼ昏睡。でも今回は先週とはちょっと違うのが自分でもわかる。曰く説明し難いのであるが。

夕方病室のクロゼットを開けて、以前母が夜不安を訴えていて病室に泊まろうか迷っていた時主治医に書いてもらっていた宿泊許可証を取り出した。
クロゼット仕舞った時、「これを使うときは最期だ。」と何となく思っていたが、今回がその時である。
少し覚悟を持って今夜から泊まりますと看護婦さんに渡すと、看護婦さんにもわかるのか、「そうですね。。」と受け取った。

会食後様子を見てから23時過ぎに1度自宅に戻り猫にご飯。すぐに病院に戻る。
急なことでベッドもレンタルしていないので、椅子で寝ようと思っていたら、看護婦さんがストレッチャーを貸してくれた。母と並んでストレッチャーで寝るのは何となく可笑しかった。

| | コメント (0)

2014年10月29日 (水)

久々の会食


今夜は仕事の情報交換兼ねて、宝町の司で一献。
スケジュールセットしてから今日まで、本当に行ける状態にあるのだろうかと毎日どきどきしていた。
『いつまでも仕事を先伸ばしもできない。』とやや通常化させつつあったので。

それでもとても楽しく会食ができて、誘ってくれた方にも感謝である。
隣にいたお客さんがお土産にお願いしていたばらちらしがえらくウマそうだ。

[本日の記録]
「お母さん、おはよう!」できるだけ明るい声で病室に入るのが、この2ヶ月半の朝の習慣だ。

今日も朝を待ちかねて病室に入ると少しずつ意識が戻ってきた。回診の主治医にもにっこり挨拶をしていた。
口の中をきれいにしていたら、水分はとれそうだったのでかき氷をあげると5匙分くらい食べて、そのあと水も飲めた。

先生や看護婦さんには、いつも色々アドバイスをもらって参考になる。喉は乾くけれど液体を飲むのは意外に難易度が高そうだと言うと、売店にジュースやスープに簡単にとろみをつけられる粉があると教えてもらう。あとはレモン果汁とか酸っぱいものを少し口に入れると、自分の唾液で口を湿らせられるそう。
少し体を起こした方が呼吸はしやすい。でもまっすぐ寝かせた方が、血液の循環は良くなる。
意外に踵がじょくそうになりやすいので、ふくらはぎに枕を入れると良い などなど。
看護の世界も奥深いね。

熱は下がった。でも先生によると熱が少しある方が意識が落ちていて楽ですということなので、むきになって解熱しない方がいいのか迷う。

午後幕張メッセに行く前に、広尾のアクアパッツァのジェラテリアでジェラートを買って病室に顔を出すと、起こすのが気の毒なほど安らかに寝ていた。看護婦さんに目が覚めたら食べさせてとメモを置いて帰った。
夜も病室に寄ってから会食。この先顔を見られるのは何回なのだろう。主治医は「ここからはもう神のみぞ知るです。」と言っていたけれど。

| | コメント (0)

2014年10月28日 (火)

久しぶりの大阪出張


今日は日帰りで大阪出張。
先週とか母の体調も良かったので、今週は会食や出張を入れてしまっている。反していよいよとなってきてしまったので、すごく気がかりだ。
弟に、ここまで来て私がいないうちにいってしまうようなことはしないよと言ってもらった言葉を信じて出発。

東京駅が開業100周年ということで、山手線がラッピング電車になっていた。100年かあー。。私が53歳、母が78歳。昔から祖父母の若い頃の話をよく聞いていたので、自分の記憶のように染み付いている。100年って十分に一人の人間が人生において見渡せる長さなんだなと思う。

| | コメント (0)


富士山が見えてきた。

母に何か起きる前に東京に戻れて、心からほっとした気持ちで富士山をじっと眺めていた。

| | コメント (0)


大阪の仕事二つは無事終了。あー、良かった。。
ホッとしたらすごくお腹がすいた。同行したマネージャーと本町の大阪かつめし味蕾で、かつめしにでっかいサラダまでつけた。満腹すぎ。

食べたらすぐ東京にとんぼ返り。

| | コメント (0)


夜、病室に顔を出したあと早稲田大学でセミナーに参加した。申し込んだときは、もうこの頃母は亡くなっているだろうと思っていたのだけれど、随分頑張ってくれた。

セミナーはすごくつまらなくて、途中で抜けて帰って、自宅で一杯。
鯵の南蛮漬けと、自家製なめたけやっこ。

やはり南蛮漬けは作った当日の方が好きだなあー。

| | コメント (0)

2014年10月27日 (月)

大詰め


ランチは一人めし定番、鮨健のばくだん丼。

朝病室に入ると、
「もう私だめ。もう許して。」
と言われる。随分頑張ったよ。ありがとう。と答えた。

我が家は母方が前田藩に代々仕えた剣の指南役で、父方はのぼうの城の戦いで水利を守り活躍した半農の武士だった。
後半生において母は、武家の末裔であることを矜持として生きていたように思う。

「病院でのお母さんを見ていると、さすが武家の娘だと思うよ。」と言うと、少し笑った。

ご飯を食べてなかったので、昨日の食べ残しのフローズンヨーグルトをあげたら完食。病院前のミニストップのものだが、美味しくてなかなか優れものだ。みかんもひとつ、水も沢山飲んだ。
熱も下がって帰るときは穏やかだった。

| | コメント (0)


夜、自炊。
煮物
ほうれん草のお浸し
糠漬け
厚揚げ焼き
厚揚げは網焼きした後、甘じょっぱいタレを作ってからめた。母の味だ。
糠漬けは大根。大根は先端の成長点に藁や石とかが当たると分結して足みたいに何本も別れてしまう。この大根が結構好きで、直売所などで見つけると必ず買う。細い部分を丸のまま糠漬けにできて美味しいんだよね。

[本日の記録]
今日は部屋に色々な人が来ていたかも。
少し眠ったかと思うとまた「はっ!」と目をあけ入り口の方をじっと見たり、宙を見ていやいやをしたり、私をじっと見たりを繰り返していた。
外は風が強くて病室の扉もガタガタいっていた。でも帰るときは穏やかに休んでいた。

| | コメント (0)

2014年10月26日 (日)

ジャンクの魅力


母が食べられないものを、これ見よがしに目の前で食べるのも気が引けて、今まで病室では何も食べなかったのであるが。
あまりに目をさまさないので、お気に入りのにんにく醤油味の唐揚げとどん兵衛をずびずびやってみた。
匂いに一瞬気がついた感じ。ジャンクもまた、人をそそるものなのねー。

母のお昼のサラダがとても美味しそうだったけど、目をさましたときのために食べずじまいであった。

| | コメント (0)


昨日生協でいきのいい豆鯵を見つけていた。ゆうべのうちに、腹を抜いてぜいごまでとっておいたので、さっと揚げる。料理する気力がもどりつつあるな。
鯵の南蛮漬け
ほうれん草のおひたし
煮物
糠漬け

[本日の記録]
今日はまた熱が上がっていました。足のむくみは殆どないけれど手足に熱がこもっている。アイスノンや解熱剤の座薬もなかなか効果出ないのである。

どうしたものかナーと考えていたとき、はっと閃いた。
漫画『動物のお医者さん』で主人公が研修先の動物病院で、熱中症になった犬の治療で、洗濯機に氷水に入れて、犬をぶっこんでいたのを思い出したのである。つまり頭だけでなく体を物理的に冷やす。

首までタオルケットをすっぽりかけているのは、熱いお風呂に入っているようなもんでないかな。お風呂でも手を出すと長く浸かっていられるよねと思い、手足をタオルケットから出してみた。そして少しマッサージ。
するとみるみる体温落ちたのである。すごーい。
少しだけ意識も戻り、その後気持ち良さそうに寝ていた。動物の治療にヒントってもどうかとおもうけど。やるじゃん、自分。

| | コメント (2)

この夜の記録、追記。
NHKのベニシアさんを見終わり帰り支度を始めると目を覚まし、フローズンヨーグルトをあげたら少し戻ってきた。

勢いで杏仁豆腐を半分、お粥、おかず数口食べた。今夜のおかずは蟹玉で、甘酸っぱいたれが母の好みの味だった。一口でも食べれて良かった。

食べながら寝てしまったのでそこでご飯はおしまい。早め上がらせてもらった。
また明日ねー と言うと、小さくうなずいた。

午後、談話室の隣の部屋の方が亡くなって、ちょっと慌ただしくなっていた。
丁度遺体を部屋から出すところを見たが、点滴がたくさん見えた。亡くなる直前まで点滴という方が普通で、母のような人はまだ少ないのかもしれない。

| | コメント (0)

2014年10月25日 (土)

気力復活


近所の玄関に可愛い山茶花が咲いている。山茶花は母の好きな花で、あとでわかったが、実家の玄関にもこれと同じ山茶花が咲いていた。

朝ご飯は殆どだめだったそうであるが、私が病室にはいると少しはっきりしてきて、大きなゼリーを食べたりした。

今日はマンション管理組合で大規模修繕の打ち合わせがあり、「二時間ぐらい出掛けてくるね。」と言うと、ええー!そんなあ~。。。という顔をされちゃった。ごめんごめん、最初に言っとけばよかったよねえ。

| | コメント (0)


もう少し食べ足りず、鯖の一夜干しを焼いた。ウマい。

[本日の記録]
昼、かぼちゃの煮物やちりめんじゃこ、梅干しなど持っていったが、イマイチ気分でないようでお粥を少し食べただけだった。

午後からはウトウトが続き、私もまた椅子を繋げたベッドでずっと昼寝。

昨日看護婦さんが、母のベッドを入院した当初の位置に変えた。外が見えるようにと。

昼前に部屋に戻って来ると、少し涙をためて空を見ていた。お母さん、窓から船の乗り場を見つけられると良いなと思った。

| | コメント (0)


かぼちゃの煮物
ナムル
蛸のガリシア風
マテ貝のバターソテー

久々に生協に行き、新鮮な魚介を仕込んだ。ウマイ。
しかし日本、韓国、スペイン料理とかでまとまり全然ないね。あはは。

| | コメント (2)

2014年10月24日 (金)


病院脇のサンドリアンでカレースパでお昼。動揺した心を落ち着けて、会社に帰らなければ。

今日もいつものように病室に顔を出す。寝ているので、今日もお休みの日かなと思ったら、しばらくするとにわかに苦しみだした。手足をばたつかせて痛がっている。でも頓服の痛み止めを飲むのは嫌なんだそうだ。

心配なので今日も午前中休みにする。全く8月以降の私、給料ドロそのものである。

病室で看護婦さんの処置を待っているとき、ふと気になり、毎回読んでいるコラムをスマホで見た。月2回更新されている、尊厳死に関するコラムはまるで、母の病状と歩調を合わせるかのような内容で更新されてきた。

そしてドキドキしながらスマホの画面を凝視すると、コラムの最終回が更新されていた。タイトルは『大切な人に旅立たれたあなたへ』であった。

| | コメント (2)


帰り道、ふとそう言えば母がこの前はなまるうどんの話をしていたなあ。。と思い出し、ふらふらと入ってみた。何年ぶりかな。
ビールとかけうどん、天ぷらと唐揚げ(これは余計。。)を食べたけれど。

味以前の問題として、清潔感に欠けるレジ前、調理場をなんとかすべきじゃないかなあー。

で、自宅に帰って焼きめんたいなどで飲み直し。

[本日の記録]
午後仕事をしていても気が気でなく、定時を待ちかねて病院に飛んでいく。
部屋にはいると母はベッドを少し起こしていて私を見た。その穏やかな様子を見たら、「良かったー。。良かったー。。」と思わず泣いてしまった。

| | コメント (0)

2014年10月23日 (木)

足るを知らない女


病院近くの蕎麦やで山菜そば。麺多すぎだー。。(涙)

今日は午前中お休みにした。毎朝病院に行くには、洗濯物のアイロンも含め毎日5時半起き。
夜も面会時間終了の8時までいて帰ると、毎日自宅にいるのが睡眠時間含め正味9時間。これが2ヶ月以上だもの。

久しぶりにちょっとゆっくり休んで昼前に病院に顔を出すと、今日は母は朝から気分が良いそうで。そんな母とゆっくりできず、なんか損した気分。(こうしていつも寝不足が続くのであるが。)

| | コメント (0)


三の膳。
『吾唯足知』
に反してでんでん足るを知らない夜である。

| | コメント (0)


残り物色々でばんごはん。

[本日の記録]
部屋にずーっと犬がいるそうである。白っぽいの。「すごく不思議。。」と言っているが、聞く方も不思議。

ほとんどの食べていないので、見るたびに小さくなっている気がするが、肌の艶も良くて、それもとても不思議だよね。そんなんを見ると、ちょっとだけダイエットしようかと思ったりする。(が、やらない。そして二の膳へ。。)

| | コメント (0)

2014年10月22日 (水)


干し椎茸、昆布、赤こんにゃく、干し筍の煮物で一杯。ただいまpm 11時半なり。

心身共に限界を超えた感あり、8時半から病院の前にあるリラクゼーションサロンで一時間のマッサージを入れた。

まあまあリラックスのあと帰宅。すると猫も同様に限界を超えたらしく、恐らく2号がベッド、かばん、脱いだ服の上、家中に吐きまくって抗議。ショックで倒れそうになった。

| | コメント (0)

人も猫も限界


今日は少し寒い。
志な乃のけんちん蕎麦を食べに行く。そう言う気分の人が多いのか、お客さんの殆どがけんちん蕎麦かけんちんうどん。

今朝の母はまたちょっと熱が高い。口が乾いてそうなので、少し湿らせたりした。
介護初心者としては、祖父母の介護を経験してればなあー。。もっと上手にできるのにと、世代断絶しているのが残念でならないのである。

| | コメント (0)

2014年10月21日 (火)


近所の店で一杯。今日のおすすめに母の好きだった牛のたたきがあったのでそれをつまみに一献。
最近やはり気になって、臨死体験とかの本を読んでいるのですが。今宵の母はそんな感じ。

そう言えばこの前は、女の子が部屋に来ていた。私の足元を見て
「その子、誰?」だった。
誰かいるの?
「そうよ、小さい女の子。」

近ごろではそう言うことに逆らわないから、近くの部屋のお見舞いの子じゃない?この部屋開けっぱないにしてるし。と言うと納得していたっけ。

今夜も、寝てるのかなーと思うと、目をぱちっと開いて、正面や左右を凝視。
はっと気がついたように私の方を向いたのだけれど、ものすごくびっくりした顔で目を大きく開けて私の後ろの方を凝視していた。(怖いよ、かーちゃん。。)部屋に色んな人が来てるのかも。もう親戚はみんな彼岸にいるから、母のお迎えはきっととても賑やかなはずだ。

| | コメント (2)

部屋に来る人々


三田にあるイタリア大使館近くのイタリアン、ラ ジョコンダで一人ランチ。

今朝の母はぼんやり。顔ふいて乳液つけて、手と足を軽くマッサージしたら、小さい声で「ありがとう。」と言った。水もごはんもダメ。

こんな昼は人と話すのが辛いので、一人で美味しいもの食べてぼーっとしたい。

昨日母が辛がっていたから、「神様はお母さんにまだあと少しだけ何かを学んでほしいと思ってるのかもね。」と言うと、得心したような顔をした。ぼんやりや寝ているときは人生の総括をしているともいうし、今日の課題はそれかもしれないね。

| | コメント (0)

2014年10月20日 (月)


で。
おまけは重慶飯店の肉まん。どんなに精神的にきつくても食欲が落ちない自分。すごいというより、ヤバイ。(涙)

[本日の記録]
今日の母は夕方から腹ペコペコ、喉カラカラだったそうである。

夜病室に入ると看護婦さんに食べさせてもらっていて、私を見るなり
「あんたー!どこにいたのよー!」だった。あはは。またボケてる。

弟のお土産のムースとプリンあるよというと、女子高生みたいに「キャーっ!食べたーい!」と言って、最高に旨そうに食べていた。

今日はえらく神がかっていて、
「あんた、眠いんじゃないの?ここで寝なさい。」とか。(実はもうすごく眠くて1日あくびしてた。)
下の弟に、「頭い痛いの?」と聞く。図星であった。

ご飯を食べながらあれこれ話をした。以下印象に残った言葉。
(空中を見上げながら)「神はいるのよ。(何回も言っていた)仏陀とかキリストとか、そんなものとは全然違う、もっと大きな存在。神はただ見てる。なにもしない。でもいるのよ。」
「子供はお母さんを決めて産まれてくるのよね。」
「金持ちかどうかなんて、お金をいくら持っているかなんて、最期は何も関係ないのよ。」
「学び続けなくなったら人間はおしまいよ。」
「また日本に生まれてくるのかしらねえー。。」

母はもう神様が待っている扉のありかを知ってるんじゃないかな。あとはタイミングだけ。

| | コメント (2)

神様の待つ扉


久しぶりに鯖の一夜干しを焼いた。あとは糠漬け、自家製山えのきのなめたけ、春菊ともって菊酢の物。

簡単でも自宅メシはやはり落ち着くなあー。。

| | コメント (0)

2014年10月19日 (日)


夏前に買った、ハルノ宵子さんの『それでも猫は出かけていく』。猫びよりに連載されていたエッセイをまとめたものだ。
あまりの面白さにページをめくるのが惜しくなるという経験を久しぶりにした本だった。
そしてこの中で、父親である吉本隆明さんの看護と看取りについていくつかエピソードが書かれている。

亡くなる数日前に入院し、暴れたためベッドに拘束された吉本氏が「どこで死んだって一緒だよ!」という場面がある。

かつてリアルに戦争に直面していた世代の方から見れば、見知らぬ南の島の戦地で内臓がはみ出たまま死んだ人だって沢山居たわけだ。

それを考えたら病室で拘束されようが自宅だろうがそんなものは一緒だと言ったのだと、ハルノ氏は頭をガツンとやられたそうだ。

それを読んで丁度在宅介護に切り替えるべきか悩んでいた頃の私も、頭をガツンとやられた。

もっと彼女の本を読みたくてもう一冊、『開店休業』という、吉本隆明氏との共著を買った。吉本氏のこちらも素晴らしく楽しく、そして最終章でこれまた頭をガツンとやられてしまったのであるよ。

漫画家という職業柄、在宅で両親に美味しい食事を作ってきたハルノ氏であるが。
なんとなんと、戦後最大の思想家と言われた吉本氏の、最後の晩餐は『きつねどん兵衛』だったんだそうだ。

ちょっとユーモラスに、そしてイラスト付で語られたそのシーンを読んだら、何だか看護に対して肩肘張った気持ちがストンと落ちた私なのでした。

| | コメント (0)

ガツンとやられた本2冊


今日も朝から病院詰め。
ランチ店探しも飽きたこの頃、最近のお気に入りは病院の売店で売ってる小さいうどん。
それと病院前のミニストップで売ってる、お店で揚げてる唐揚げ3個145円なり。にんにく醤油のきいた唐揚げを、中庭のベンチでいつも食べている。

最近またジャンクが生活に侵食してきたなあー。ま、いいか。

| | コメント (0)


今日の母は終日休業日。
帰ってせっせと自炊する。
もってのほか菊の酢の物
蓮根のめんたいマヨ和え
しらすおろし
なめこのソテー
キュウリの糠漬け

介護の最初の頃は、異様なほど肉が食べたかった。夏に食べていた野菜飯なんて真っ平ごめんの助と思っていたのである。きっと身心が戦闘状態だったんだよね。

ようやく色んな事に慣れて、少し落ち着いてきたと言うことなのかもしれません。

| | コメント (0)

2014年10月18日 (土)


あー。土曜日になるとほっとするよ。
今日もランチは浜松町の味芳斎。

今日はザーサイとひき肉の辛いおそばにしてみた。ウマいけれど、きっとまた次回は牛丼食べてしまいそうである。

| | コメント (0)


自宅に帰り、湯豆腐で一杯。ちょっと飼い主に冷たいねこも写っておりやす。

昨日の夕方、ナースステーションで主治医がPCを見ていた。挨拶すると申し訳なさそうに、「9月一杯と言ってしまってすみません。こんなに長引いて大丈夫ですか?」と言った。

長生きしてスミマセンもおかしな話かもしれないけれど。先生の言外の心配もとてもよくわかった。
1ヶ月のつもりで犠牲にしてきた私生活も仕事も、お金も体力も正直限界に近い気がしていたから。

全く未来が見えない 昨夜はそんな夜だった。

もう限界と思うときは、ただじっと時が過ぎるのを待つのが一番、最近よくそう思うのだ。

昨夜と状況は何も変わってはいないのだけれど、確かに心は底をうったかも。
明日はきっとまた、もう少し楽になるよね。

| | コメント (0)

2014年10月17日 (金)

ホスピスか一般病棟か


バーガーマニアでポテトフライとバッファローウィング。鶏肉の品質はイマイチ。(スミマセン、鶏肉にうるさくて。)

昨夜観送迎会の前に病院にに寄ると、母は驚くほどいきいきしていたけれど。今日は朝も昼もほんの少し食べたきり。夜はしきりに疲れたと言っていた。

昨日のこと。以前から、我が家の苗字の由来と関係ある場所が島根県にあり、そこに行こうと話していたのだが。
「今は私も脚がこんなだけど、動くようになったら前から言ってる島根に旅行にいこうよ。」
という。

いいねえー。ほんとは10月に一緒に行こうと思ってたんだよ。と答えると、
「あんたいつ会社休める?」

いつだっていいよ。今そんなに忙しくないからね。と言うと、本当に楽しみにしていた。

先生の言う命の期日を1ヶ月も更新し始めたあたりから、本当はホスピスに転医させてあげたほうが良かったんじゃないかという迷いがいつも自分の中にあった。でも今夜の楽しそうな母を見たら、一般病棟であるここにいて良かったんだと自分を納得させることができた。
ホスピスに入るということは、死への旅立ちを本人も家族も覚悟して入る。たとえボケただけだとしても、この一般病棟にいるから、昨夜の前向きな母に出会えたのではないかと、ポテトつまみながら思ったのであった。自己満足かもしれないけれどね。

| | コメント (0)

2014年10月16日 (木)

シュラスコ観送迎会


今日は銀座のバッカーナでシュラスコ観送迎会。ほんとはバルバッコア丸の内店にしたかったんだけど、予約が取れずかこに。

随分前にうちの部門で表参道のバルバッコアに行ったときの倍のペースで肉がやってくる。
正に肉版わんこそば状態。ひーひー言いながら平らげた。最初に取りすぎたサラダバーが憎い。(涙)

ここはサンバダンスタイムがあり、皆で踊ったあと、送る人来る人それぞれに挨拶をして一旦お開き。その後バーに移動して二次会、久々に終電までにぎやかに飲んで、楽しくてちょっと寂しい夜を満喫した。

| | コメント (0)

2014年10月15日 (水)


今宵もまた、病院周辺で新規開拓。おでんと書かれたお店に入ると、韓国料理とおでんという誠に珍しいお店であった。おでんは関西風だけれど、韓国の辛いたれをつけながら食べる。
ピーマンとキクラゲのソテーがすごく美味しかった。

韓国人であるおかみさんのお母さんも、韓国でガンで入院中とのこと。韓国人は儒教の国だから、皆さんお母さんを手厚く看護されているんでしょうね聞くと、男兄弟達の看病が、「自分から見ても異常。言うと怒るけれど。」と言っていた。

韓国人って何の宗教を信じているのか、ふと気になる。
日本人って無宗教と言われることが多いけれど、実は信心深い人が多いように思うのである。神社とかの白いヒラヒラとかしめ縄に悪いことする人はいない。

そして私は宗派はこれといって無いけれど、自分は仏教徒だと感じるし、もっと言うと仏教と神道とアニミズムが混じったような信仰心を持っている。私と同じような日本人は、たとえ本人が意識していなくても多いのではないかしら。

おかみさん曰く、「日本と違って仏教は浸透していない。信仰を持っている人は少ない。韓国人の心と社会にとってあまりいいことではないと私は思う。最近はキリスト教が増えているかな。」
と言っていた。
真偽のほどはわからないので、よくご存知の方に解説頂きたい気がするけれど。

私の知る限りの信仰には『利他』や『共生』の精神が埋め込まれているように思う。(過激な宗教を除く。)
でも戦後の日本は信仰心を宗教という言葉に置き換え、なんだかスピリチュアルだったり非科学的で怪しいもののように扱ってきた。
敬虔さまでは要らないけれど。人々の心のベースに信仰心がある方が、永続的で住みやすい社会が形成されるのではないかと最近では思うのである。

| | コメント (0)

韓国おでん居酒屋の夜


ランチは田町の木村屋で、牛肉と茸のドリア。
想像の2倍量のドリアが出てきて、最後は食べてて戦い状態に。

今朝の母はピカピカに元気。部屋に近づくと大きな声が聞こえたので、「容体急変か??!!」と焦って入ると、大きな声でご機嫌で主治医と話していた。やれやれ。おどかさないでね。
弟のメールだとお昼も元気にご飯を食べたらしい。

| | コメント (0)

2014年10月14日 (火)


あまり食欲はないが、いつもの鳥平で一杯。串焼きばかりじゃなくてと納豆大葉揚げをたのんだら、ふわっと軽くてなかなかうまかった。
納豆って火を通しても美味しいよね。

[本日の記録]
夜、弟と交代したあとすごく苦しがった。でも頓服薬は飲まないという。
帰るとき看護婦さんに、寝る前まだ辛そうだったら薬飲ませてくださいとお願いして帰った。

翌日聞くと、看護婦さんはちゃんと飲ませてくれたそうである。やはりプロの仕事だ。あの頑固なばーさんをどう説得したのか見てみたいよ。

| | コメント (0)

台風一過


風雨深夜まで荒れ続けていたけれど、朝にはすっかり台風一過の素晴らしい晴天に戻っていた。
朝病室に寄って、昨日買ったシルクの毛布をかけた。

昼ごはんは久しぶりに志な乃であいもりとけんちん汁。

| | コメント (0)

2014年10月13日 (月)

男前な買い物の日々


台風が近づき朝から雨。
少し寝坊してしまい10時過ぎに病室に入ると私の顔を見るなり、
「来ないから、もう会えないのかと思った。」と泣き出したので、すごくびっくりした。そんな可愛いこと言う人じゃなかったから、結構ボケも入っていると思われる。
でも今日午前中は母の様子がすこぶる良く、一緒に行ったイギリスやイタリア旅行の思い出をあれこれ楽しそうに話していた。

お昼の介助をしたあと、バーガーマニアでランチ。チーズバーガーが食パンに挟んであるタイプにしたが。
玉ねぎがソテーされてしまっていたり、トマトが入ってなかったり。色々な面でハンバーガーの方が良かったな。
でも、ここのフライドポテトかりっとふわっと美味しい。

| | コメント (2)

番外編 : 目は口ほどにものをいい


最近この3匹がやたら仲が良い。今日も出掛けようとすると、3匹固まってお見送り。

きゃー、かわいいー。写真しゃしん♪とカメラを出すと。

約1匹、「ちょっとひとこといわせもらいたい。」ねこがいました。

ごめんよう。わかってくれよう。

| | コメント (0)


しらすおろし
人参サラダ
セレベスの土佐煮
揚げ出し豆腐はまたまたセブンイレブン。

母の病室の寝具は、殆どが私の持ち込み。枕、腰まわりの部分シーツ、昼用のタオルケット×2、羽毛布団、真綿布団は一時帰宅用だ。最近ではすっかり寝具に詳しくなった。

今日夜また具合が悪くなった母が羽毛布団が重いと言った。タオルケットはどちらも特上のとても柔らかいものだけれど、木綿である。これからはもう少し寒くなるし、もっと軽くて暖かなものを探せば楽だろう!

と台風近づく大雨の中、帰りにデパートに寄った。
絹製のふわふわのタオルケット様4万7千円成りをばーんと即決で購入。羽毛や真綿布団に比べりゃ半値である。
あと1ヶ月使うかどうかもわからないけれどちょっと高価なものを
「これください。」
という瞬間、ぜったい脳内麻薬が出てる気がするなあー。

母の入院以来、自分が紀伊国屋文左衛門状態である。
全て終わってもこの金遣いが習慣化しないことを祈るばかりである。

| | コメント (0)

2014年10月12日 (日)


薬が効いて眠り始めた母を確認してからお昼に出た。
向かいのカフェでアボガドと海老のサンドイッチ。
サンドイッチはいいんだけれど、ポテトが貧弱で残念。

| | コメント (0)

台風前夜


ものすごく久しぶりに朝食を作った。
ベーコンエッグ
ベランダの空芯菜のソテー
バパイヤ

ベーコンエッグは理想的な固さに仕上がりたいへん満足。

| | コメント (0)


病室の椅子をみっつ繋げ、クッションを枕に寝るのが最近の病室でのお昼寝スタイル。この技を編み出してから、看護が随分楽になった。

明日からまた台風が来るなんてとつも信じられない、美しい水色の空を眺めながらうとうと。母の寝息を聞きながら、すごくリラックスした時間だ。

| | コメント (0)


何となく晩ごはんを作る気力なく、メインはセブンイレブンの水餃子。コンビニで晩飯なんて久しぶり。

夜、目が覚めると午前中の苦しみが嘘のようにすっきり穏やか。
こういうときの母は、お粥とか、水とか、バナナとか、それはもう素敵に美味しそうに頂くので感心して見ている。あんな風に美味しがることは、私にはできないから。

| | コメント (0)

2014年10月11日 (土)


ランチは今週も車飛ばして浜松町の味芳斎で四川牛肉ご飯。
どんだけ好きなんだと聞かれると、もんのすごく習慣性があるのよと言いたい。店の人は私の顔を見た瞬間から、牛肉ご飯の準備を始めてたりしてね。

| | コメント (0)

だんごやとお豆腐やのある商店街


病院前のささやかな商店街をこよなく愛する私。
そのなかでもとりわけ好きなのが、寄り添うように残っているこの2つの商店だ。見るたびに子供の頃を思い出して胸がぎゅっとなる。

11時頃にでき上がるここの焼き団子を一串買って、食べながら病院に戻るのが、土曜日のお見舞の何より楽しみ。

今日は母もよく寝ていた。午前中恵比寿までバスで買い物にいった帰りに、やはりお団子。
夕方今度はお豆腐やさんに
行って、2パックだけ残っていたおから炊きを買ったら、お揚げをサービスでもらっちゃった。やはり買い物はスーパーより個人商店の方が断然楽しいという私は、古い人間なんだろうなあ。。

| | コメント (0)


まこもだけ焼き
お揚げ焼き
おから
セレベスの土佐煮
ラッキョウ

当然だけど数日経過したまこもだけは、香りが飛んでしまっていた。

今日はお母さんはお休みの日。終日よく寝ていた。

| | コメント (0)

2014年10月10日 (金)


夜、大切な仕事があるのでそれだけはちゃんと復帰。
素晴らしく美しい夕焼け。心の中まで照らされるようだ。

心配していた仕事も無事すんで、ほっと一息。

| | コメント (0)

折れたのち復帰


朝いつものように病室に顔をだしてから出社。
少し仕事をしたけれど、ダルさとか、いや何か心にある梁みたいなものがぼきりと折れてしまった感じで、それ以上仕事をすることができなくなってしまった。
午後は大切な営業部の会議だけれど、早々にタクシーで退社。こんこんと眠る。

昼過ぎに目が覚めて、先日何年ぶりかでかったインスタント麺を食べたらまた、目覚ましをかけて夕方までぐっすり眠った。

| | コメント (2)


夜、病院に寄って消灯まで。
その後向かいの庶民的なお寿司やさんに入り、お刺身と握り数カンだけつまんで帰る。帰ってから、糠漬けとセレベスの煮物を食べた。母の里芋煮はセレベスが定番。

ぐっすり眠ったら、自分の中のネガティブな感情が一掃され、再び心と思考に前向きなスパイラルが戻ってきた。
休息は大切だけれど、稼働率低くて会社にはほんと、申し訳ない感じ。

[ 本日の記録 ]
6時過ぎに病室に入るなり、
「あんた、どこ行ってたの!」
である。今日もボケてるし。あはは。
会社だよ。仕事の虫だからねというと、「ふーん、そーか。」という顔をした。正確には仕事はバックレていたけれど。

ご飯と水を沢山とって、
「私、すごいよねえー。」
と言った。いやほんとにすごいと思う。復活する度敬服するし、自分がもし同じ病気になったら、かーちゃんと同じ処置を望むのだろうと思うよ。

| | コメント (0)

2014年10月 9日 (木)

心の総括


今宵も病院近くの蕎麦屋で一杯。帰って素晴らしく漬かった茄子の糠漬けで飲み直し。

飲みながら今日は父がなくなった頃の事を思い出していた。

母もこのターミナル期を通じて恐らく自分の記憶の再構築と人生の総括をしているのであろうが。
看護する私も、不思議なほど昔の事を思い出す。細々としたこと、深く傷ついた思い出、自分の性格や人生を決定づけたような出来事とか。

それらが津波のように押し寄せ、ちょっと精神的に不安定になっていた夜だった。
ちょっと疲れがたまっているかな。

| | コメント (0)

2014年10月 8日 (水)

番外編 : かんにんぶくろのお


「もうにかげつも、あたちたちとおうちをほったらかしってどうニャってるのかちら!」
だそうでございます。

弁解の余地もございません。。

| | コメント (0)


ごめんよう。。と言っても返事は、

「フン!」

ごめんよう。わかってくれよー。(涙)

| | コメント (0)

親譲りの食嗜好


これはとある日の母の朝食。(明太子は持ち込み)病状が進んだある頃から、全ての料理にこのとろみがかかるようになった。看護婦さんの配慮に感謝するとともに、
「ああ、お母さんはもう、この世の普通のものは食べられないのだ。。」という感慨に浸ったものであった。

ところが高熱から復活した辺りから突然食事を拒否し始めた。理由を聞くと、
「あんなゲロみたいなもん食えない!」
である。まー確かに。嚥下する力は落ちたけれど、なんたって氷ボリボリばーさんだ。普通のに戻すとしようか。

朝主治医に話すとビックリしていたが、すぐ管理栄養士さんとの打ち合わせを入れてくれた。
完全食からゲ○(失礼!)までに色んなバリエーションがあり、使う野菜も噛める力により選別しているそうだ。病院食も奥が深いねー。

| | コメント (0)


新メンバーの着任日。
ランチはみんなでセレスティン。ここのサラダバー、いつもどっかり取りすぎる。
肉料理は先週のハンバーグの方が良かったなあー。。

| | コメント (0)


で。
結果、荒い刻み食へ変更。確かにこちらの方が断然食欲がわくってもんである。

| | コメント (0)


いつもの近所の飲み屋で一献。
ここのミノの串焼きが大好物で、行く度欠かさず食べる。ちゃんと歯ごたえのあるものを好む食嗜好は、母ゆずりだ。

今夜は皆既月食だった。
母の病室は真東向きなので、大きな窓から欠け始めの美しい月が見えた。
でも残念ながら雲隠れ。病院を出るときには丁度レッドムーンの時間帯だったのだけれど。

バスで渋谷駅につくと、バスターミナルにいるすべての人が、同じ方向を見ているので何事かと思ったら(マジでスーパーマンの撮影でもしているのかと。。)、ここだけ雲が晴れて、美しい月食を見ることができたのである。

| | コメント (0)

2014年10月 7日 (火)


今宵は母の好きなベリーのムースを買って病院に急ぐ。
ビルの谷間から見える月がきれいだ。

今日は異動する部下の最終日。夕礼の挨拶で送る言葉を言おうとしたが、ちょっと涙ぐんでしまい全部言えなかった。
色んな部署の人が見送りに来てくれていたので、仕事仲間に鬼の目の涙を見せてしまったのはまことに不覚なり。

| | コメント (0)


昼はお弁当会議。美味しいけれど野菜と言うものが殆ど存在しない。
外食ってこうなってしまうんだよね。野菜っ食いの私だが料理の気力がなくて、ほんとに野菜が不足している。

| | コメント (0)

ハイカロリーな毎日


朝病室に入ると、朝食は看護婦さんがあげて終わった後であった。メモ書きに看護婦さんの優しさを感じます。

今朝の母は程よいボケ。
「明日の朝はパイナップルにしようかしら。」と言うので、買ってこようか?と言うと「あらやだ、うちにあるわよ。」だし。
行ってくるねというと、「どこへ?」
会社だよと言うと、ちょっと考えてから「ああ。」である。まあそのくらいの方が本人は楽なのではあるが。

| | コメント (0)


見舞い終わってまた近所の居酒屋で一杯。
エビフライをたのんだら、ぎゃーっと言う量のデカフライかきて、戦うように食べた。太るし。(涙)

[本日の記録]
夜病室にいると、上の弟が来た。
虎ノ門の駅前で弟にご飯を食させてやってと言われた。病室にいても家族のご飯を気遣うなんて、やはりお母さんなんだなあと思う。
今日も自力でトイレに行き、ご飯を食べた。
そして顔色もいいし、薬なしで自力で熱が下がったってことはまだ母の免疫系はしっかりしていると言うことだ。
この病気末期に酷くなるという腹水も、入院前よりむしろ改善している。
点滴も、痛み止め以外の薬も一切なしで、医師の告げた命の期日を毎日塗り替えている姿を見ると、現代医療と終末医療のあり方について深く考えてしまう。

| | コメント (0)

2014年10月 6日 (月)

復活


嬉しくて、自分のために小さなお祝いのお昼。サンドリアンのしょうが焼き定食は1350円とちょっと高めなんだけれど。
初めて注文してみると、小鉢も美味しくて納得。

今朝台風直撃の中病院にたどりついた。病室に行こうとすると先生に呼び止められる。
「丁度良かった!相談しようと思っていたんです。熱が高いけれど、抗生物質は点滴でないと入れられないの。どうしますか?解熱しても多少の延命ではあるのですが、少し楽です。」と言われた。

母は点滴拒否なので、やはり今のまま、解熱剤とアイシングでお願いした。

昼、さすがに心配で病院に様子を見に行くと入り口で先生にばったり会った。
誤飲が怖いので水はダメかもと看護師さんに言われたのだけれどダメですか?と聞けた。
大丈夫。本人が飲みたがったら飲ませてください。あと、氷とかかき氷とかも良いですよ。ゆっくり水分がとれるから。とアドバイス頂き、さっそく売店で買っていった。

すると。

『ゆっくり舐めるはずの氷』を、あろうことかガリガリかじるかーちゃん。ひー。。

ガリガリ、ガリガリ。ボリボリ音をたてて氷をかじる老婆なんて聞いたことねーや。あはは。
そして金曜の夜以来の水分をとったら、熱も落ちてきて、みるみる蘇った。
いやー。。あんたはすごい。わが母ながら感服いたします。

| | コメント (2)


ヘルシーに晩ごはん。
猫にゴマするために、鰹を買って蒸して、大好きななまり節を作った。その上まえをはねて、刺身をふたきれ。
マコモダケを網焼きして、オリーブオイルと塩で食べたら、きゃーっと言いたい美味しさ。味と言うものはないのだけれど、歯触りと香りと言おうか。
高知のかたーいお豆腐があったので懐かしくヤッコで頂いた。

母は夜復活して、弟が帰る時は観音様みたいな顔をしていた。

| | コメント (0)


[ おまけ ]
サラシふきんちくちく。

病院近くの洋裁やさんで、昔懐かしいサラシを買った。ヤ○ザとか昔のオジサンが腹に巻いていたアレである。

病室では本を読むことが多かったけれど、そればかりも疲れるし。この前縫い物をしたら随分とはかどった。
なのでサラシを切って台ぶきんをちくちく縫ってみると、これが不思議なことにものすごく無心になり心が落ち着くのである。
ある意味座禅に似てるかも。

と言うことで、着々とふきん、仕上がり中です。

| | コメント (0)

2014年10月 5日 (日)

台風前夜


朝から台風の影響で激しい雨。母は熱も高い。
ふさいだ気持ちにカツをいれるぜ!と、大好きな大五でランチでなく白金豚のでかい豚カツ。

涙目ででっかい豚カツ食べる中年のオバサンは、端から見るとちょっと不気味だったかもね。あはは。

| | コメント (0)


一の膳。
糠漬け。赤いオクラは糠漬けにしたら白くなってしまった。
あと、買ってきた酢豚

夜、全く熱が下がらず。看護師さんと話をするが、涙が止まらず心配されてしまった。

帰りに母の好きな酢豚を買って帰り、母の代わりに食べた。

| | コメント (0)


二の膳。延々飲みすぎ。

| | コメント (0)

2014年10月 4日 (土)

猫がつまみ


すねる猫をつまみに晩酌。

今日の母ずっと寝たまま。朝高い熱が出ていたが、夜には微熱位におさまり少しほっとする。
私は朝病院に顔を出したあと、伊勢原に。その後また病院につめた。

菜っ葉類の種まきをしたあと、落花生一株を試し堀り。ちょっとまだ早いな。餅米は文字通りまだ少し青みが残る穂だったが[ 青田刈り ]してしまった。明日から台風だし来週も台風とのこと。残念だけれどもう今年は諦めた。来年頑張るとしよう。

| | コメント (0)

2014年10月 3日 (金)

遠慮の要らない関係


ランチは外出のついでに、新宿のルミネ地下のタイ料理カオサンでトムヤム麺。私のなかでトムヤムクンってもう少し脂気がなくさっぱりしているものだったので、ちょっと意表をつかれた感じ。

| | コメント (0)


今日はいつもの、病院近くの鳥平というもつ焼きで一杯。もつ中心なんだけと鳥平。

ここはいつ来ても常連客で一杯。最近は私も顔をおぼえてもらったか、席をつめてもらったり相席させてもらったりそいる。
ここのタレはなかなか私ごのみ。

帰る前に母のトイレを介助。私の顔を見るたびに「トイレ行きたい。」と言うので、わたしゃ下剤かい!と思っていたのであるが。(看護婦さんがいつでも介助してるれるのだから。)

身長も骨格も看護婦さんよりずっとデカイかーちゃんのトイレ介助は、看護婦さんもふうふう言うくらいだし、みんな忙しそうだから遠慮があって言い出しづらいのかも知れないなあー。。
そう思うとなんかちょっと切ない酒なのであります。

| | コメント (0)


午後、いまソリューションの提案をしようと思っている顧客の施設などを見学した。
玉川上水の辺りを歩く。すごくいいお天気。

橋のたもとの古い祠のある景色がきれいだったので写真にとると、即座にカメラが[顔認識]した部分があった。
拡大すると、ひー、気持ち悪ーい。また心霊写真が写っていた。(涙)母の入院以来数回目。即座に削除。

思うに感傷的になったり心が弱くなっているとつけ込まれるのではないかと思うよ。

| | コメント (0)

2014年10月 2日 (木)


病院から少し離れたところに酉玉と酉玉別館というお店がある。
スタイリッシュ焼鳥という店構えで、鶏だろうが豚もつだろうが、焼鳥と言えば煙もうもうのオヤジ店中心なので、ちょっと入るのを躊躇っていたのだが、今日チャレンジした。

なんと8時過ぎているというのに満杯。でも次のお客さんまでの30分でよければ1席用意できますと言われた。もちろんです。さくっと飲んで上がりたい。

ぼんじりを一口食べた瞬間、おおっ!と思う肉質のよさだった。
シメジとか焼きチーズとかつまんだ。ここ、すごく美味しい。今度予約してちゃんと食べてみるとしよう。

| | コメント (0)

日曜の私、今日のわたし


昼はマネージャーと異動する部下とたまにはうまいもんでもと、セレスティンでランチ。
ここでハンバーグ食べるのは初めてだけど、すごく美味しいというか、今までセレスティンで食べたのでいちばんでした。

午後は後任が挨拶に来て打合せ。異動してくる人の希望と不安を抱えた顔を見ると、つまらん感傷に浸る間はないことを実感。

| | コメント (0)


[おまけ]
自宅に帰って飲み直し、おまけにしては大きすぎるカロリーを仕込む。
食べた今夜の私も悪いけど、こんなモン買った日曜の私の方がもっと悪い とプリプリ怒る今宵のしょもないワタクシでありました。

| | コメント (0)


[本日の記録]
今日は昼休みに新橋のヤマダ電機でラジオを買った。TVはうるさいけど、ラジオのアナウンサーの声は何となく落ち着くから。

定時で上がって、約束していたフルーツのショートケーキを買って持っていった。今日は機嫌が悪く、夕方弟に帰れと言ったらしい。
「かーわいそう。心配して来てくれてるのにさ。」
と言うと、「へ?そんなこと言った?」である。
先日も私がご飯だよーと声をかけたら「もういい加減にして!」と怒鳴ったことも覚えていないそうだ。
癌患者というよりは、軽い認知症の看病をしている気分に時々なるのだよね。

| | コメント (2)

2014年10月 1日 (水)

10月1日


10月がきた。
二人の主治医から、おそらく迎えることはできないと言われた10月、まだ母は生きてくれている。

しかし昏睡は続いていて、ちょっとブルーな気持ちで、田町の木村屋でサラダをつまんだ。
レタスとベーコンだけな感じでちょっと失敗。

| | コメント (0)


夜行くと、ご飯、トイレ、会話、全て復活した。強靭な体を持つ母と面会終了まで一緒にいてから居酒屋へ。

なす田楽
もずく酢
なまこ酢
ぶりの塩焼き

今日新幹線50年でなつかしい新幹線の歌やってたよと歌うと(『びゅわーん、びゅわーん、走るー 青い光の超特急ー』ってやつ)、「おーおー。」と言う感じで懐かしそうに母は笑った。ニュースで見た、まさに開業間もない新幹線に乗って、父と弟がお腹にいた母と私と3人で転勤先の高知に向かったのである。あの昭和の映像で写した風景のなかに3歳児だった私がいる。それが微かな家族の記憶として残っている。

トイレ行きたいと言うので、看護婦さん二人と介助して行った。ものすごーく大変だったけどちゃんと出来て、ベッドに戻ったお母さんは嬉しくて泣いていた。

自分の口でちゃんと飲んで食べること(点滴は完全拒否だし)、自分の足でトイレに行くこと。それにこだわる母を見ていると、自分もそういう老人になるんだろうなあー、みんなめんどくさいんだろうなあー。。と思うのであるよ。あはは。

| | コメント (0)

« 2014年9月 | トップページ | 2014年11月 »