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2014年9月30日 (火)

潮目の変わり


朝、久しぶりに自宅で朝ごはん。伊勢原で買った伊勢原の無花果。
私はスーパーでよく売っている濃い紫色のいちじくより、小振りで外皮が緑色のヨーロッパなどで見るこの無花果が好きなんだよね。

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本日は半期の打ち上げ。
兼、片腕の部下の異動内示の日で、みんなで飲んだ。
浜松町の、ちょっと駅から離れた焼き鳥やだったが、肉質もすごく良い。(私は鶏肉にはうるさい。不味い鶏肉は飼い方に問題があることが多いため許せないのだ。)

母がいきるか死ぬかのこのタイミングで、部下の内示を聞いたときは正直目の前真っ暗な気がしたものであった。小さな部門で一人あたりの負っているミッションも重いから、ただでさえ異動はしんどいので。

でもきっと、自分のなかに『変化すべき時期』がまたやって来たんだなあー。。と解釈した。何年かに1度そういうことを経験してきたからわかる。

そうして明日から10月だ。

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お昼は芝公園の鮨健でばくだん丼。一人になりたい気分の時に定番のお店。

母は昨夜の鎮静剤が効きすぎたのか、朝になっても爆睡。

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2014年9月29日 (月)

病院に住み着くもの


昼休み病院に立ち寄ると、えらくご機嫌が悪かった。
こういう時のかーちゃんには近寄らないのがいちばん。

5分で病室を出て、サンドリアンでナポリタン。

夜にいくとすっかり機嫌は直っていたのだから、何だか不思議だ。

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今日の病院帰りの一献は恵比寿の安兵衛。高知で人気の屋台餃子のお店だ。

チャーシュー
たたききゅうり
ピーマンの塩こぶあえ
おでん
餃子

席数の割りに、厨房で調理ができるのが実質一人 ということで、餃子が出るまですごーく時間がかかった。包みたて焼きたてが売りの餃子は美味しいけど、オペレーションをもう少し考えないとちょっと勿体ない。。

などなど考えていたら、病室にスマホを忘れてきたのに気づき、取りに帰ることになった。トホホ。

消灯後の病院は怖い。

しかも今日の夜ご飯を食べながら、
「怖いのよ。。夜中になると、身の毛のよだつようなものが部屋に入ってくるの。。ひー。。。!」
と言っていたっけ。つーか、稲川順二かよ!聞いてるこっちがこわいって。(涙)

先生によれば、幽霊や化け物は痛み止めの影響もあるので、鎮静剤を飲むと見えなくなるそうだ。

ということで、今宵鎮静剤を飲んだ母はぐっすり寝ていたが。果たしてそれだけなのかなあ。

胆石の入院の時も、母には病室にいるこの世のものでないものたちが見えると怖がっていたのだから。

など思い出したらやはり恐ろしくなって、早々に病室を退散したのでありました。

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2014年9月28日 (日)

78回目の誕生日


昨日の夜は、
「それじゃあたし、そろそろ行くから。よっこらしょ!」と起き上がろうとしたり。
母的には猫が近くに居るらしく、
「どうやって連れていこうかしら。。」
と悩んでいるので、抱っこしてでいいんじゃない?でももう夜になるし寒いから、出掛けるのは明日にしたら?と言うと
「そうね。。」と大人しく従った。

そんな事があったから、朝すごく痛がって頓服を飲んだり、気がついたと思ったら「じゃあ出掛ける前にトイレに行っとくか!」と言ったりするのを聞いて、いよいよか。。!!と覚悟したのであるが。

午後は車椅子で散歩して、中庭で風の匂いをかいで、日差しを顔に受け、リラックスしたあとはまた昏睡。少しほっとしてランチ。バーガーマニアでチーズバーガー。
好物でも食べないと辛いよー。

今日は母の78回目の誕生日だった。プレゼントにKID BLUEのピンクの寝間着を買っていったのだが、母はそれが解ったかも不明である。

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意気消沈して自宅に戻る。

山えのきやっこ
トマトサラダ
きのこのオーブン焼き

ちょっとさみしい気持ち

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まだお酒も残っているので、竹輪きゅうりをつまみに飲んだ。

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2014年9月27日 (土)

久々の自炊


今日もお昼は浜松町まで車飛ばして、味芳斎の四川牛肉ご飯。

今日も母はすこぶる調子がよく、ベッドのフチに腰掛けてご飯を食べ、トイレも行き、私と二人車椅子で病院のなかを散歩。

昨日は「京橋に行ったのよねえー。。」という。最近こう言うことに私は全く逆らわないので、京橋のどのへんに行ったの?と聞くと、
「川のところ。」
と言う。
母が会社に勤めていた昭和33年当時、京橋にはまだ川が流れていて、水上で生活する人達がいたとよく話していた。
その頃を思い出していたのか、はたまた三途の川のほとりを歩いていたのかはわからない。

疲れたのか、部屋に戻ると爆睡。

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久しぶりにゆっくり自炊。
まあ簡単なのもばかりだけどね。
やまと芋
糠漬け
茹でオクラ
山えのきを自家製なめたけにして、奴にかけた。これすごくウマイです。また作ろう。

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おまけ

無性に『サッポロ一番塩ラーメン』が食べたかったんだよねー。。(涙)

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2014年9月26日 (金)


夜、1ヶ月前に戻ったかと思うくらいお母は元気でご機嫌。部屋に入った瞬間にっこり笑われたのも久しぶりだ。

ご飯もお茶も、すごく美味しそうにたいらげ、とてもいい笑顔で笑っていた。母の笑顔は心が明るくなる。

NHKのBSで一緒に堺雅人の武士の家計簿を見てたら、気持ち良さそうに寝てしまった。

今日は彼岸のしまいの日。ご先祖様がお母さんに幸福な夜をプレゼントしてくれたのかもしれないなあ。

などなど思いつつ、病院近くの気になっていたソーセージstyleというお店に行ってみた。
クミンの効いたポテサラ
発酵大豆を使ったサラダ
タイ風ソーセージ
自家製パン
どれも極上に美味しい。
ご先祖様からのごぼうびかもと思いながらワインを飲んだ。

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ご褒美の1日


お昼、どうしようかなー。。と迷っていたとき、ふと『寿司芳~。。』とまたポヨポヨ~と頭に浮かんだ。

でいつもの極上ちらし。

食べ終わると大将が、この前元部下のM君のいる福岡に行ってきたと言って、お土産の明太子を頂いた。わー♪
今日の頭のポヨポヨ~は、明太子があるよーん という呼び掛けだったのかも。

病院に持っていったら母はよろこんだし、ワタシのつまみになるし。
ありがたいことこの上なし。

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おまけ。

そう言えば今日こそ自炊しようと朝、糠漬けを仕込んでいたのを思い出した。

てなことで、もったいないのでまた一杯。野菜でも太るよね。(涙)

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2014年9月25日 (木)

モツやきやがやたら多い町


夜はまたまた病院近くの居酒屋開拓。

が。

居酒屋と思ったらまたまモツ焼き屋。。出るわけにもいかず、カシラの塩焼きとシイタケなどでちびちび。

朝主治医から、尿が出ていなくて水も飲めない。この状態からは三日から一週間の可能性ありと言われ、流石に覚悟したのであるが。

昼に顔を出すと私の顔を見るなりトイレにいきたいと言い出した。看護婦さんと三人がかりで(母は私より背が高く骨太だ。)トイレに連れていくと、大小キッチリ出し、戻ってからお昼をちゃんと食べた。

この人がまた、徳俵親指1本の踏ん張りから土俵中央まで押し戻した瞬間を思い出しながらぐびぐびやった。わが親ながら、この人の生命力は、半端ありません。。。

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2014年9月24日 (水)

有給のいちにち


今日は有給を取ってしまった。その反省をしながら病院隣のサンドリアンでカレースパ。これもなかなかいけます。

今までと違うあまりに深い昏睡が続いたのと、先生に「10月を迎えるのは難しいと思う。」と言われたのと。
あと、会社の仕事相手のお父さんが同じ病気で亡くなり「昏睡から三日位でしたよ。」と言われたのが頭にあり、もいよいよかと思ったのであるが。

朝病室に行き爆睡する母に、
「おかあさーん、パパイヤ買ってきたよー!食べるー?」
と大声で聞いたら、ぱちっと目を覚まし、少し食べた。食い意地で目覚める眠り姫ならぬ眠り老婆、さすがとしか言いようがない。

会社に行こうかとも思ったけれど、自宅に帰ってスーツに着替えるのも面倒だし、もともとは大阪に行く予定にしていたので、東京でのスケジュールは何もないし ってことで、今日はお休み。まあそのあとはずっと昏睡だから、休暇を決めた病状には変わりなしである。

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有給でリラックスすると思いきや、夜にはクタクタ。食事つくる気力なし。
 
蕪の葉とベーコンのソテー
サッポロ一番塩ラーメン
 
このラーメン、上の弟が子供の頃大好きで、よく食べたんだけれど。
あれ?こんな味だっけ。。?と思ったのであるよ。
思い出の味とはそういうものかも知れないけどね。

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2014年9月23日 (火)

番外編 : おりこうさんのドヤ顔


最初の頃は、全く家にいなくなってしまった私に腹をたてていたのだけれど。

最近はとても立派にお留守番して、妹たちの面倒も見ているので、沢山ほめてあげた

てなあとのドヤ顔である。
ちょっと笑っとるがなー。

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母の青春


今日は長らく喧嘩別れしていた母の妹を病室に呼ぶことができた。
1日を振り返り、ほっとして晩ごはん。疲れてしまい買ってきたお好み焼きとタンドリーチキン。

母は強烈な性格で、その怒りの刃を肉親に容赦なく振りかざし、孤高の人として生きてきた。
私たち子供は、さりとて縁を切るわけにもいかず、ほとぼりが冷める頃姉弟の誰かが仲立ちとなりもとに戻るのであるが。

実の妹とはなかなか深刻で、私としても呼ぶべきかとても迷っていた。
でもこのままでいいはずはない!と思いきって朝電話をした。叔母さんは飛んできてくれた。

昏睡が一瞬解けて母叔母さんが来たのを認識した。その後いい顔で寝ていたから、やはり連れてきて良かったんだなあーと思った。

その後叔母さんを車で実家に案内した。叔母さんにとっても生まれ育った場所なので、本当に懐かしそうで良かった。

二人でお茶をしながら、母の青春時代や結婚に至るエピソードなどを聞いた。新潟に転勤し、一時遠距離恋愛だった両親。母が父に電話するのに自宅からではなくて公衆電話を使うので、叔母さんが付き合わされて電話ボックスの前で毎回延々待たされたとか。
昭和30年から34年頃の話を、映画やTVドラマで見た東京の景色を思い出しながら、母の青春を妄想するのは何やら楽しい。

死に直面することは悲しいけれど、家族の関係を再構築したり、家族の記憶を皆の心に刻み直す作業でもあったりするのだと思う。

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2014年9月22日 (月)

芝公園の綿徳の中華


今日の夜は、チーム勉強会のあとお世話になった大先輩との会食。芝公園の綿徳にて。
ここのつまみは所謂和風中華であるが、どれもとても美味しい。とりわけチャーシューののったくらげと辛い指定の麻婆豆腐は私の好みである。

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2軒目は田町の日比谷バーに。オーセンティックなバーではないけれど、結構居心地良く、こんなときに使い勝手も悪くなく好きだ。

ハイボールに干しあんずがえらく合って気に入ったので、ドライフルーツお代わりの時、あんず多目でお願いした。

土日病室に詰めっきりだと、会社の酒は回ってしまう。まだ早かったけどタクシーで帰宅。母の病院前を通ると、会いたい気持ちで一杯になり、病棟の灯りを見上げていた。なんかこれって若い頃なら『恋する気持ち』とおんなじじゃん。
女も50過ぎると恋より介護なんかねえー。トホホホホー。

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2014年9月21日 (日)

じゃがいものフライ


病院から帰宅して晩ごはん。
糠漬けの調子が至極良好。
先週塩いくらを作ったのを忘れていたので、いくらおろし。
亡くなったオヤジの好物だったじゃが芋のフライを作った。
ちょっと足りず、牛筋ポン酢で日本酒をちびり。

今日の母はずいぶん元気で、午後から来た上の弟と沢山話ができた。
夕方からは下の弟が嫁さんを連れてきて、久しぶりにちょっと賑やかな病室になった。

晩ごはんもしっかり食べて、私にも嬉しい夜。そんな姿を見ると、長くて1 1月、でも多分10月を迎えられないかもなどと言われたことも、嘘だったんじゃないかと思うくらいだ。
でも母が弟の嫁さんに「お母さんを大切にね。」と言ったあと、「私はもう船に乗るからね。。」と消えそうな小さな声で言ったのは、すぐ横にいた私にしか聞こえていないようだったなあ。

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2014年9月20日 (土)

彼岸の入り


昼過ぎまで病室。でかけてがてら恵比寿の中華やで醤油ラーメン。
すごく昭和なあっさり醤油。味は可もなく不可もなくで、ちょっと麺の量が多かったな。何となく不完全燃焼 。こう言う気分の時は無理しても美味しいものを探して食べなきゃだなあーと思った。。(という言い訳で肥える一方です。(涙))

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用事を終えて6時頃また病院に戻り、消灯までいて帰宅。
晩飯は自宅近くのイタリアンで、サラダとトリッパ。
15年位前の母と行ったイタリア旅行、フィレンツェの市場の食堂でトリッパを食べたなあ。母も私もまだ若くて、記憶の中の二人とも命がぴかぴかしている。

夜病室にもどった時は相変わらず昏睡していた。
熱いタオルをもらって顔や手足を拭いて、むくんだ足をマッサージしていたら、母は戻ってきて、晩ごはんを少し食べた。食べている間じゅう、弟のことをじっと見ていた。

今日は彼岸の入り。あの世とこの世が近い日の始まりだから、母はそのとばくちまで行って、私たちのためにまた戻って来たのかも知れないな。
気のせいと言われそうですが、母が戻ってきて暫く、病室に恐怖映画のBGMみたいな音がしていたんだよね。(廊下では聞こえない。)

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2014年9月19日 (金)


今日は母の病室に行く前から、「帰りはあの居酒屋で串カツで一杯さ。へっへっへ。」と思っていたのである。

で。

居酒屋にはいると、ホワイトボードには串カツの文字はない。がーん。。

せめてソース味にとエビフライをたのむとそれもない。むー。

メニューとにらめっこして、軽い食い物でごまかし誤魔化し。。。。

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空振りメシ


朝病室で主治医から、「今日はアロママッサージの予約入れてあるんですよ。気に入ってもらえると嬉しいけど。」
と言われた。
少しでも快適に入院生活が送れるよう、様々に心くだいて頂いて、本当にありがたいと思う。
でも本人は、強くした痛み止めが効きすぎているせいか、今日もぐっすり寝ていた。

そんなお昼。辛いもので気持ちにキックかけようと思ったけど、海老のカレーは何が起きたのかと思うほど甘かった。がっくり。

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で。

結局白金の豚カツすずきに行き飲み直し。念願の串カツ。。。


と思ったんだけれど。。
『ワタシ的串カツ』に入ってるのは、長ねぎじゃなくて玉ねぎじゃなきゃだめなのよー。

ということで、串カツの悶々は持ち越しとなりました。くっすん。

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2014年9月18日 (木)

介護は女の仕事


午前中浜松町で打ち合わせだったので、久しぶりに大好きだったきじ丼を食べた。

食べて、「あれ~。。?」と首をひねった。
料理って、ちょっとした加減とか調理の扱いとか。一見それが何なんだ みたいな小さな気遣いを積み重ねて美味しい料理が出来上がる。
逆に、ちょっとした事に手を抜くとテキメンに味に出る。

そんな「あれ~。。?」だったんだよね。ちょっと残念だなあー。

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最近の看護パターンは、
①朝、昨夜洗った寝巻きににアイロンをかけたり、タオルやタオルケットを畳み持っていく準備。
②朝病室に寄って朝ごはんのお手伝い。果物を切ったり。回診の主治医と話をしてからオムツとかティッシュとか、足りないものをチェックしてから会社。
③平日の昼と晩ごはんは下の弟が見てくれることが多い。5時半か6時に退社して、弟と交代。
④洗濯物をピックアップして、近くの居酒屋で一杯やって帰宅。
⑤帰宅するとすぐ洗濯機をONにしてお洗濯。
⑥洗濯が終わるまで猫たちにごますってご機嫌とり。

という毎日。しんどいけどルーティンになってしまうと、まあなんとかなるものである。

先日母のいとこがお見舞いに来てくれたとき、「りきちゃん、体に気を付けてね。でも介護はねえ、女の仕事なのよね。みんな越える道だから。」と言われた。

就職してから30年、均等法施行前世代の私はずっと、「これは女性向きの仕事だからね。」と言われることを恐れていた。いつも男性と『機会の完全平等』を常に求めて生きてきたのだけれど。

「介護は女の仕事。」
この言葉は本当に素直に、すとんと自分のなかに落ち着いたのである。

以来しんどいときはいつも、「しゃあない、女の仕事だもんねえ。。」と心で呟いている。
そして肩肘張るように機会の均等にこだわってきた自分も不思議に消えてなくなっているのである。

母の看護を通して、私はジェンダーのこだわりから解放されたことを深く感謝しています。

てなことを考えながら、[お一人様どじょう鍋(しかも丸鍋)]に日本酒ちびちび。
葱がんがん入れながら、気づけば器一杯の葱、食っちまったんでございました。
お店の人、ヘンなおばはんとびびっていないといいんだけどね。

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2014年9月17日 (水)


定時上がりで先日連絡した霊能者さんに会いにいった。実に22年ぶりである。

示唆に富み、勇気付けられるアドバイスをもらった。
突然、「どちらの腰が痛いですか?」と聞かれ、腰が痛い事を思い出した。なにも説明なしで痛いほうの腰のお祓いをしてくれると、本当に不思議な事に、腰も膝も痛みが気にならぬ程に消えていたのである。
私は見えるタイプではないけれど、憑かれ易い上に、毎日病院で母のような状態の患者と一緒だからねえ。。と言われる。
この先おかしなことがある度にここに来るのも大変なので、どうしたらいいですねえと聞いてみると、いくつかアドバイスをもらった。また、「『気』か落ちてくると憑かれやすくなるから気を付けて。」だそうだ。気かあー。。そうなんだよね。自分の中の気が落ちてきたなあーと思うと、他人の悪意や些細な事にやられやすくなったりもするから。

夜は田町のうとらで、病人のメンタルサポートの仕事を目指している後輩と飲む。
ちょっと重たい相談で申し訳なかったなあ。日頃酒に強い彼女がすっかり酔っぱらってしまった後ろ姿を見ながら、感謝と反省であった。

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再会


昼、病院で先生と少し話したあといつものサンドリアンでお昼。昭和的だけど明るい喫茶店なここのランチはほんとお気に入り。
日替わりで出る具だくさんのスープもいつも楽しみだ。

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2014年9月16日 (火)

久々の宴会


朝病院に行くと、母がトイレに行きたいと言い、看護婦さんと介助した。ちゃんとトイレで出来たのが嬉しいと母は泣いた。

看護婦さんが、
「久しぶりに流れる水で手を洗いましょう。」
と車椅子で洗面台に連れていき、石鹸をつけて手を洗ってくれた。感動してまた母は泣いた。

朝ごはん、全てが美味しいと感謝して、母は完全にもどってきてくれた。

そんな日のお昼。久しぶりに綿徳のかた焼きそば。ここの焼きそばは日本的であっさりして魚介の出汁がきいて本当にウマい。

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五人ぐらいで行くと、ことことさんの美味しい料理を沢山堪能できていいなあー。

砂肝とオクラの和え物
秋刀魚の生姜煮
茄子の肉味噌和え
ぬか漬け

〆のおにぎりを我慢したのがかなり心残りであった。

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母の病室につめっきりの私を心配した先輩に飲みのお誘いを頂いた。折角なので友達や師匠も呼んで5人でことことさんに伺う。

昔の女だったら、介護と言えば付きっきりでお世話して、おむつを洗ったり、それこそもう大変な思いをしたはずである。
大変ったって私なんか『なんちゃって介護』に過ぎないよなあー。

とあれ久しぶりのことことさんのお料理は優しい味。一品ずつ味わって頂く。

蓮根のきんぴら
有難豚のリエット
小あじのスィートチリソース
きゅうりとみょうがの梅和え
冬瓜のスープ

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近くの大樽で二次会。素敵なバーでもいけばいいんだろうけど、まあこれが私たちである。
最近飲むと言っても一人居酒屋でさくっとであるからして。久々の気のおけない宴席、二次会のビールを飲んだら急激に酔いが回ってしまったよ。

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2014年9月15日 (月)


昼の不味い牛肉のリベンジというか、夜はすき焼き。ざっと見て軽く二人前のすき焼きをガツンもぐもぐ。
もぐもぐしながら昼間の事を思い出していた。

(ここからは、スピリチュアル嫌いなひとはご勘弁を。ま、これも記録ということで。)

母の2回目の一時帰宅の夜から、とても不思議なことばかりが私の身に起こっていた。
何故かLINEが起動して、コメント入力欄に私たちを嘲笑うようなメッセージがいくつもキーインされたり。心霊写真が撮れてしまったり。
昨日は病室でこの世のものではないものの声を聞いてしまった。

元々『見える』タイプでないのだけれど。
怖いと言うより不愉快だし。それに私はいいけれど母に何かあっては嫌だ。でも変な霊媒師なんかたのむのはもっと嫌だ。

どうしたものか悩んでいたとき、また『世界堂』の時みたいに、母や母の従妹や私が行っていた霊能者の事を突然、20年ぶりに思い出した。

祈る思いで検索すると、1つだけ、本当にほんのひとつだけ、和歌山の占い師の人が何年も前に書いて、あまりの反響に紹介を止めているというwebページを見つけたのである。

祈るような気持ちで連絡先を尋ねたメールの返信が今日あった。ただちに病院の駐車場から電話して、相談の予約をいれた。予約入ったら何だか脱力してしまったよ。

20年前、阿佐ヶ谷のアパートでその人と話したあの時。母が帰ってきて興奮ぎみに話していたあの時(母はこういうのをなかなか信用しないのであるが。)。

過去のあの瞬間が今この時に繋がっていると思うと、不思議なご縁にちょっとしみじみしながらもぐもぐ。二人前のすき焼きを平らげてしまうのでありました。

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リベンジの牛肉


今日も病院に行きがてら、膝を見てもらいに針灸院に立ち寄り。近くの中華やで牛肉麺を頂く。すごくいまいち。

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2014年9月14日 (日)

番外編 : 町の裁縫用品やさん


今日はこのあたりの秋祭りらしく、山車や御輿がたくさん出ていた。
病院の前の商店街は、私が子供の頃の景色をまだ残していて、歩くたびなつかしい気持ちで一杯になる。
看板建築の商店、木造長屋、羽目板の壁、長屋の前には植木。

商店街に、裁縫用品の店があって、とても気になっていた。
中に入ってみると、驚くほどの種類の絹ミシン糸、とじ糸、木綿針、絹針も長様々。裁縫用品がところ狭しと並んでいる。
そうだ!母の部屋にいる間、適当な糸でかがった縫い物、時間がなくて雑にかがった裾あげとかすればいいよね。 と、色々な糸を買い込んだ。近所の裁縫用品やが閉店してから、近頃は絹糸ひとつ買うにも新宿や渋谷とか大きな街に行かなきゃいけないんだよね。うちの町に住んでる人達、一体どうしているんだろうといつも不思議である。
みんな、縫い物とかしないのかなあ。

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平和な日曜


昼過ぎから病院。母は車椅子に座っていた。今日は私の介助で食事をしてくれた。また母と過ごす静かな時間が戻ってきました。

私のお昼は近くのお蕎麦やさんでかき揚げそば。嬉しくて一杯やりたい気分だけど、車なんで我慢がまん。

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夜はわかめスープやトマト、焼き茄子のごま酢和え。
練りごまを使ったごま酢たれは大好物のひとつで、いくつかバージョンがある。
めんつゆでのばす、出汁でのばす、柑橘や酢を加える、すりごまも混ぜる などなど。
今日は千鳥酢のかけ酢でのばして薄口醤油で味つけた。

この前の週末、病院に向かう車で聞いたラジオの番組。アルピニストの野口健が語っていた。

エベレストとか危険な登山で「もう死んでしまうかも知れない。。」と言うような命の危機にさらされたとき、頭によぎるのはいつも、『自宅で過ごす、ごく普通の光景』なのだそうだ。娘が歯をみがく姿とか。
そして人生の幸福は、何かを成し遂げるとこではなく、ごく普通のありふれた日常を過ごすことにこそある。 そんな話をしていた。

若い頃だったらちょっと一言挟みたくなっていたであろうが、なんだか妙に納得感を持って聞いてしまう話であった。

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2014年9月13日 (土)


夜も母は自分の殻に閉じ籠っていた。

母は自分の人生や運命を呪っているかもしれないけけど。
中国の有名な詩人、陶 淵明と言う人も、辞世の詩で
『生きていて良かったかどうかはよくわからない。ましてや意味があったかどうかはなおさらわからない。』
と言っていた。

命の最期に己に問いかける言葉は、境遇も時代も国も飛び越え、きっと同じなのである。

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人生最期の問いかけ


待ち焦がれた土曜日、少し朝寝坊して昼過ぎに病院に行くと、看護師さんから、今日もちょっと荒れてますと事前情報をもらった。
様子を見たら、また膝の治療に行きがてら、浜松町の味芳斎で今日は麻婆丼。ここの麻婆はクラッシュ豆腐が特徴。

美味しいけどでもやはりここでは牛丼が良いなあー。

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2014年9月12日 (金)

番外編 : 仲良し


兄と妹。
最近おぼと2号はなんか仲良しである。ろくに家にいない最近の私の素行について話し合っているに違いない。

2号はうーんと延び。おぼは「お兄ちゃん、やさしいねー、えらいねー。」と私に誉められたあとのドヤ顔である。

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膝が辛くてもう夕方の会議で半泣き状態になった。いつもの針灸院に予約する暇も駆け込む時間もなく。会社の並びにある針灸院に行ってみた。
マッサージもしてもらい、ようやく少し楽になった。今日の夜はお休みしてまっすぐ帰ることにした。

食事を作る気力がなくて、駅前で茹でタンなどつまみながら一杯やった。
明日が休みで本当に良かったなあー。

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膝、壊れる


今日のランチは一人でゆっくり三田の梅寿司へ。

実は昨日からちょっと悪かった膝がパンパンに腫れ上がっているのだ。
歩くのも辛い。と言うより座っていても辛い。一体どうしたことやら。

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2014年9月11日 (木)


久々に出社してしみじみ思うことは、「私にこの仕事があって本当に良かったなあ。。」ということであった。
そしてこの仕事を手放さずに母を看護できるのも、長年病院で沢山の人達が作り上げてくれた整った看護体勢あればこそである。

色んなことに感謝しながら、大好きな刀削麺を食べる。母の事も病院の事も忘れてお喋りしながら食べるお昼のひとときもまたしあわせである。

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仕事と私


ベランダに植えた空芯菜を摘んでずいきと共におみおつけで朝ごはん。
自分を取り戻すひとときだ。

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夜、病室に顔を出すが相変わらずご機嫌が悪い。
洗濯物をピックして早々に居酒屋開拓に乗り出した。

嵯峨というお店、ちょっと高級そうな割烹風店構えなので避けていた店が、なかに入ると手頃な値段でした。
お通しは温泉卵
水なす漬け
蓴菜
白いか

近くのお兄さんが食べていた串カツが、たまらなくウマそうだったけれど、昼がっつり麺だったのでやめておいた。このあと延々『串カツ食いたい病』にさいなまれることとなる。

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2014年9月10日 (水)


朝病室に入ると、母は看護婦さんの介助でご飯を食べていた。
私には他人行儀に敬語をつかい、心を閉ざしている感じ。

食後、「ウチに泊まりたかったねえ。。」と言うと、小さくうなずいた。

あー、こんな日はもう好きなモン食うしかないっしょ!

と言うことで、病院から車飛ばして浜松町の味芳斎支店で四川牛肉ご飯。

辛いメシは心にキック入りますね。

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午後は車椅子で使う膝掛けとか、自宅から持ってきた枕に合う枕カバーとかを買って病室に届けた。母は心を閉ざしたままだ。

弟が、「少し病院から離れてゆっくり休んだ方が良い。」と言ってくれたので、夕方には自宅に戻り、ゆっくりと酒を飲んだ。

病気は治らないけれど、今の母に必要なのは心の救いである。でも人が人の心を救うなんて事、できるのかな。。と弟にメールすると、上の弟から返事が来た。
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これ読んでみてください
尊厳死に関する法的整備を訴える慶応大学の教授
岩尾 總一郎のコラムです。

やっぱり苦しいけど
母ちゃんに必要な時間だと思います。
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以降の看護生活で、このコラムは私のバイブルになっています。
辛いけど弟たちが居てくれることに感謝する夜です。

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2014年9月 9日 (火)

さいごの一時帰宅


何だかここ半月、ダイエット日記ではなく『食べ過ぎ日記』&『介護日記』化している我がブログであるが。

今日から暫くは『ホラー日記』も開始なのである。いや、信じない方は信じなくて全然良いのでありますが。

とにかく、今日は介護タクシーで母と二人、自宅に向かった。昨日ひどい言い合いになったので、お互いちょっとぎくしゃくしていたが、母の好物のお昼を作り、食べさせながら私も一緒に食べる頃には何となく仲直り。

午後電話会議があるので、母の様子を見ながらスマホで話し始めると(メインスピーカー、私 な会議)、あろうことか母がヨロヨロとトイレに行くために立ち上がった。ひー!介助なしでは動けない状態なのに。。

母を介助して、おむつ外してトイレに座らせてー。
トイレサポートしながら片手ににスマホで、冗談も言いながら電話会議に参加。電話の向こうの面々は、想像だにしていないだろう半泣きの事態も、振り返れば可笑しい思い出である。

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近所のお寿司やさんで注文しておいた折り詰めを弟に取ってきてもらう。母の分は半分に切ってもらった。

しかし母はなかなか起きて来ない。仕方なく、会社帰りに寄った上の弟と3人で食べ始めた。

するとにわかに母が痛がり始め、病院でもらった頓服を飲ませた。
一旦落ち着いたけれど、また1時間ほどすると、ベッドの上に起き上がり痛がっている。まだ頓服の痛み止めはあるけれど、このまま今夜を越せるのか?すごく迷って母に病院に帰るか聞くと、帰ると言う。余程辛いのだ。

救急隊員にストレッチャーで運ばれながら、静かに玄関や周囲の景色を眺める母を見ていたら、涙がぽろぽろこぼれた。母と自宅との決別の夜である。

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夜、弟二人と母の久しぶりの4人ご飯を作った。

ネギ入りかきたま汁。病院では汁物が出ないので。
アボカド山葵レモン醤油は母の好物。
冬瓜は出汁で煮含めたあと、たらこを入れてあんかけに。これだと出汁もたっぷりとれる。
オクラは煎り酒とお醤油で和える
出し昆布を酢醤油で。これは私のツマミ。

これが母が自宅で食べる最期の晩ごはんである。ひとつひとつ優しい気持ちで切ったり出汁を引いたり火を通したり。

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弟たちは片付けのため自宅に戻り、母と二人で救急車に乗り病院に戻った。
あんなに痛がっていたのに、病院につくと容態は落ち着き、私はそのまま自宅に帰ることになった。

そして病院を出る時、気味の悪い霊的な経験をした。そして泊りだったのでお願いしていたペットシッターさんのメールを見ると、母が起き上がって痛がっていた丁度その頃、ねこ3匹が集まって何やらにゃごにゃご話し合っていたそうである。
いや、信じなくても全然良いのでありますが。

以降これが続くことになる。

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2014年9月 8日 (月)

母、ふたたびキレるの巻


午前中仕事をしているとまた、病院から電話。母がまた騒ぎを起こしているのですぐ来てほしいと言われる。

タクシーで駆けつけ主治医と話を聞く。もうここが嫌だの一点張りで泣いている。
先生から、「娘さんは大変だけどまたお家で1泊してきたらいかがですか?行けば生活は無理だと納得してくれるでしょう。」と言われ、即準備を開始。

昼はワンタン。お腹は空いていないけれどあまりの疲労で、なんかこういうやさしい食べ物を口に入れてほっとしたい。

そのあと、会社近くの訪問看護ステーションに相談に行った。親身に話を聞いてくれた。有り難い。
結果的には、病状を考えると在宅ホスピスは無理だと諦めがついたことと、この時期に自宅外泊を許可してくれる度量のある先生はなかなかいないと言われ、ホスピス転医せず今の病院で行こうと決心もついた。医療はハコでなくやはり、人だ。

一文の得にもならない相談に親身に答えてくれた上に、温かいねぎらいの言葉をかけてもらったら、涙が止まらなくなり、近くの喫茶店で心を落ち着けてから会社に戻った。

介護に関わる人達に払われるお給料は、世間一般からみると決して高くはないのだ。それを頭ではわかっていたが実際接してみると、本当に心から頭の下がる思いでありました。

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仕事の合間をぬって明日の食材を仕込む。明日は午後まで母と二人なので、足りない食材は買いに行けないから慎重にメモを確認。

急な介護タクシーの手配、自宅看護の段取り。仕事にも穴を開けてしまいそうで、もう本当に精神的にはギリギリである。
自宅に帰ると母に対する怒りが爆発してしまい、弟たちに愚痴のメールを出した。

介護者が、被介護者に優しくなれない時がある と言う話を実感を持って感じる夜でありました。

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2014年9月 7日 (日)

嵐の前の静けさ


今日病室に入ると母はトイレに居た。ちょっと開いてる扉をのぞいて、お母さんの好きな信濃屋の酢豚買ってきたよと言うと、それはそれはいい笑顔でにっこりした。(以後この週、辛いときはこの笑顔を思い出すようにしていた。)

窓際の車椅子で、母とのんびりお昼ご飯。私のお昼に買ってきたたこ焼きもちょっと食べた。母が元気だったときはこんな穏やかな時間を過ごしたかなあー。。

午後、畑が心配なので伊勢原まで行ってみるが、やはり雨がひどくて畑仕事は断念。
上の弟が嫁さんを連れて来ると言うので、伊勢原名産の梨をお土産にしてもらおうと直売所で買って帰る。とれたての梨、ほんとにウマいんだよねー。

という1日。
帰り道紀伊国屋に寄ったら比内地鶏の鳥もつがあったので、さっと茹でて胡麻油とネギ塩で和えていただく。酒が進みます。

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番外編 : すねる男


帰宅して今日も慌ただしくねこ&自分の食事の支度をしていると。

缶詰開けても無視。
普段乗らない微妙な場所で、私に抗議中。

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食事を始めようとすると、テーブルに乗ってきて背中を向けるねこ。

これは無言の抗議。もうコイツとも10年以上の付き合いだからね。

ここのところずーっと、朝夜病院、土日も病院でろくに家にいないもんねえ。。ごめんよう。もうちっと我慢してよう。と言うけれど無視。

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ご機嫌、直ったもよう。
あー。めんどくせー男。いや、ウソウソ。

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撫でながら謝っていると、『マジ、うぜえ』とばかりに手の届かないところに移動してまたフテ寝。はー。。(涙)

20分ほど、「ごめんよう。疲れてるよねえ。ほんとごめんよう。」と謝り続けていたら。。

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2014年9月 6日 (土)

ご先祖様のアドバイス


金曜日キレた時個室に張ってあるカレンダーが嫌だと言っていたので、母の好きな渡辺あきおの猫の絵でも飾ろう。

しかし看護の合間の短い時間、あれこれ探し回る時間はないし、実物を見て選びたいし。どこに行けばいいんだろうと。。思っていたら突然頭に吹き出しでも出てくるように、『世界堂~』と言う言葉が浮かんだ。そうだ!新宿の世界堂だ!

病院に行く前に立ち寄ると、地下駐車場から上がるエレベーターから降りたその場に、3匹の猫が野原で遊ぶとても可愛い絵があった。なんとなんと!ご先祖様にでもアドバイスをもらった気分だ。

絵を届けてから病院に車を置いて、美容院に向かいがてら白金の豚カツすずきでロースカツ。嬉しい時はやはりがっつり好物を頂こう。
ここ、隠れた有名店で興味はあったんだけれど。私はやはり大五の方が好きだなあ。

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昼に肉がっつりだったので、晩酌は久々に野菜めし。
ゴーヤとツナのサラダ
蒸し茄子のラー油醤油
ずいきのごま酢あえ

今日は随分調子が良かった。調子が良いとわがままが出るんだよなあー。

しかし母にとってどこで最期を迎えるのが本当に幸せなのか悩む。
元気だったときは、いよいよになったらホスピスに入ると言っていたのだけど。今の病院の看護内容は、部屋のしつらえが病院ぽいのと、寝たまま入れるお風呂がない以外はホスピスとなんら変わらないと先生が仰っていた。
希望があれば、日赤のホスピスに転医できるのであるが、良い主治医と看護婦さんの元を離れて本当に良いのかしら。。とか。
在宅ホスピスと言う言葉もあるくらいなのだから、本当に在宅ホスピスで看取る方法はないのかしら。。とか。

あれこれ考えていたらすっかり酔っぱらってしまった。

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2014年9月 5日 (金)

親子喧嘩


今日も短い大阪出張。
さすがの週末疲れで寝坊して、土台(ファンデーション)以外はまっさら顔で新幹線に乗り込んだ。

で。
朝っぱらから焼きそばパン食って。
隣のおじさんが寝てるのを良いことに、自席で顔作りに励みました。頭には、Eテレの番組0655のおはようソング、『電車で化粧はやめなはれ』が延々流れて止まらないー。
いーんだモン、誰も見てないんだモン。

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今日は毎年恒例の師匠のお誕生会。10数年前から現在に至る元部下などでお祝い。
母の騒動で遅れて参加した。

昔散々一気飲みしたメンバーであるが、今宵もあり得ないほどデカイワイングラスにワイン1本注ぎ、ワインの神様に怒られそうな一気飲みが。

男前なSが男前にぐいっとやり。当然私にもご指名があったが加齢を実感するていたらくでございました。くっすん。

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商談が終わったらそまま新大阪へ。弟たちが母にかかりっきりなので、嫁さん達にお詫びもかねての大阪土産を買い込む。
時間がないので駅1階の立ち食いできつねうどん。

5時前、オフィスにいると病院から電話が入る。母が騒ぎだして手がつけられないので来てほしいとのこと。仕事を切り上げて慌てて病院へ飛んでいく。
点滴、導尿管、酸素吸入が耐えられない。私の許可なしにこんなことするなんて許せない。家に帰るの一点張りである。

先生と3人で話し、熱も引いたので一旦点滴は止めることで納得してもらうが、あまりにも勝手な母に真剣に腹が立って、久々に真剣な親子げんか。

こ一時間位お互い無言で怒っていたけれど、夕食が来て、私も大阪土産の茄子の漬け物とみたらし団子を開けて一緒に食べ出す頃には自然と仲直りできた。

我ら親子もまた食い意地で繋がっていると実感する。ははは。

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2014年9月 4日 (木)

マッカーサーの車と牛


夜顔を出すと母は随分と元気だった。食欲も旺盛で、介助なしで完食。デサートに剥いた梨もひとつ平らげた。
上の弟も来ていて、3人でおしゃべりした。

今日ネットで見つけた、『マッカーサーの車の隣を歩く牛』の写真の載っているwebページを一緒に見た。すごい。これらの写真を見て、教えてもらわなければ誰が東京だと思うだろうか。1945年の東京の写真集、母が9才の時の事だ。懐かしがって母は泣いていた。

2.26事件の年に生まれ、太平洋戦争の時代を生き抜き、戦後復興、東京オリンピック、安保、石油ショック、神武景気、バブル、リーマンショック。。

思い返すと、なんと激しい時代の中を生きてきたのかと感動的ですらある。私たちの人生など遠く及ばないよ。
そんなことを思いながらお気に入りのもつ屋き屋で一杯。
しめさばがすごくウマイ。

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2014年9月 3日 (水)

始発出張


今日は始発の新幹線で日帰り大阪。すごく体に堪えるつらさ。
眠くて眠くて、家を出るときには新幹線で爆睡だ!と思っていたのだけれど、朝陽をあびる田園風景のあまりの美しさについ見とれ、寝る機会を逸してしまったよ。

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昼、新幹線で一駅だけ行って、京都駅の新幹線ホーム下の松葉でお蕎麦を頂く というのが結構お気に入りである。

立ち食いそば並みに素早く出てくるのだけれど、とても美味しいお蕎麦。

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今日の母はまだ熱があるけれど、だいぶ元気になり、食事もできた。
ということで、病院近くのもつ焼き屋で一杯。

冷やし茄子
のどぶえのたれ焼き
カシラの塩焼き
刺身こんにゃく

母が元気だと酒がウマイ。

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で。

ゴキゲンで駅に降り立ち、ついケンタ君へフラフラ。。

時々たべたくなるなる、ほんとなるのよね。くっすん。

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2014年9月 2日 (火)

デラックス化進行中


昼はお弁当でランチミーティング。昼夜しっかり食べて、体も二の腕もガッチリしてきました。(涙)

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今日の母は熱が高く、ぼんやりとしている感じ。ちょっと危ないかなと思いながら、弟たちに報告メール。
近所のもつ焼き屋で私も熱でもあるみたいにぼんやり飲んだ。この店は活気があって、風通しがよくて、働き者のオーナーが一生懸命差配している姿を見ていると、こちらが元気になるのである。

でもぼーっとしすぎてカメラを店に忘れてしまったようだ。

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2014年9月 1日 (月)

ありがたいお誘い


月例の早朝会議の後、病院で先生から病状の説明を受けた。

夜、参加を予定していたワークショップは参加キャンセルして大人しく家に帰ろうと片付けていると、師匠からお誘いのLINEが入る。おー。。ありがたい。

と言うことで、ここのところのあれこれ話を聞いていただいた。ありがたいことである。今年初の秋刀魚もとても美味しかったしね。

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