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2014年2月19日 (水)

生きているということ

昼、有楽町でお昼。親子丼をいただく。
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最近外食のごはんが塩辛くて辛い。でも勿体無いのと習慣とで、食べ始めると完食してしまうのだけれど。
もう52歳だもんね、体が変ってきたのであろう。

夜行った歯科医さんの並びにあったお寺にこんな言葉が張り出してあった。
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すごく気になって、ネットで調べてみる。
この言葉の前にもうひとことあったようだ。「役に立たなくていい。人は何かの役に立つために生まれてくるのじゃないのです。」

会社に勤めて30年。役に立って評価されることを前提とした生き方をしてくると、しばし信じられぬ思いになることばであるけれど。
先日読んだ禅の本にも、似たようなことがかいてあったっけ。

あれこれ考えつつ、軽く野菜つまんでばんごはん。
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ところで、1号の首輪がぼろぼろになってしまっていたので、以前から替えたいと思っていたのであるが。
寒い朝には布団に入ってくるし、なでなでがウチいちばん好きな甘えんぼ1号だが、心のどこかで人間に恐怖心があり、10数年の付き合いでもいまだ抱っこができない。

だから首輪の付け替えも大変な作業だ。捕まえようとして手をしたたか蹴られて大流血。(涙)
絶叫する猫を洗濯ネットに入れて首輪を替えた。

この写真は、古い首輪を外したところ。(なぜかヌードっぽい気がする。)
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これからおきる事態を察して、疑惑満々の目つきで遠巻きに私を見る1号。

ねこ三匹飼っていて、何かの役に立つかというと、猫はただそこにいるだけである。
病気になるわ、飯の皿も洗わなきゃならんわ、流血するほど蹴るわ。そんなことばかりだ。

でも猫はそこにいるだけでいいのだ。
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ただ私とともに生きていてくれるだけでこれほどの心の幸福を私にもたらしてくれるのだ。
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見た瞬間ちょっと違和感を感じたあの法語は、きっとそういうことを言っているのだなと、少し腹落ちする夜だった。

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コメント

偶然私も一昨日このお寺の前を通り、立ち止まってこの言葉の意味を考えていました。
生きているだけでいい。生きていることに意味がある。要するに、命は大切・・・っていうことかな・・・と勝手に解釈し、この場を離れました。
猫は居てくれるだけで癒されますよね。
私にとっては、小さいけれど大きな存在です。

投稿: boo*foo*yuu* | 2014年3月 9日 (日) 18時23分

boo*foo*yuu*さん、そうですねえー。。

そして他人を軸にした人生って、やはりなんか違うんでしょうね。
『この世は、私が私になるところ』って言葉もありました。

投稿: りきまる | 2014年3月10日 (月) 08時46分

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