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2010年6月19日 (土)

番外編 : 江戸庭園の面影を探す

この春のシーズン、農大エクステセンターは、茶摘といい多摩丘陵散歩といい園芸学科の講義が中心だった。
最後を飾る講義は江戸大名庭園を、水と石の観点から見るという講義である。

先週の授業のあと、今週は実地。
新宿御苑に13時半に集合。まずは玉川上水の跡を歩く。
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旧甲州街道沿いには、江戸時代玉川上水があったのを東京都が再現しているのだ。川幅などもっと全然広かったんだけどね。

大木戸門から入り、玉藻の池のある玉川園に入る。
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ここが新宿御苑のうち、旧内藤家の大名庭園の面影を残す唯一の庭だ。維新後明治政府に接収され、大幅に手を入れられた。庭石なども数多く移設されているので、あくまで[面影を残す]のみではあるが。

庭の中心に向かい、平たい根府川石が敷設されている。
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機械で石を切れない江戸時代、この石は造園に欠かせない大切な素材だった。 
こんな使い方もできるのだが。。
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小田原で産出されていたこの山も、後継者不足で最近閉山されたそうだ。

これは玉石。
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真鶴から持ってきている石だ。後で明治の庭を見て良くわかったが、石組みは一直線でなくランダムに置くのが江戸式。

池のほとりに根府川石がまた敷設されている。
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ここは船着場のイメージ。そう、江戸の大名庭園では、水べの風景は『海』を表現しているそうなのだ。だから水辺には海の石を使う。
たまに山を表現している部分にフジツボのついた石が置いてあることもあるそうだが、江戸の庭師が見たら、「何やってやがんでぇ!」と啖呵の一つも切られちまうよん。

この『船着場』に立って眺める景色が、
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水辺で一番美しいようにデザインされている。
ただし江戸時代に見えていた景色がこれと同じではない。特に木々はこんなに大きくはなく、以前は低い木ばかりであったと思われるそうな。

むしろこんな景色の方が原型に近いのかも。
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ちなみに江戸時代から庭に芝は使われていたんだって。

明治以降の改修も随所にある。
これは州浜。つまり砂浜の表現だね。
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コンクリで固めてますがな。江戸の庭師が見たら憤死しそう。わはは。
これは明治時代の雪見灯篭。
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まあ、これはいいでしょうかね。
ところで池の水、これは内藤家ではでっかい玉川上水から庭に水を引き入れることを幕府に許可されていた。
で、これが引き込み口の一部、
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滝を表現しているそうだ。
今は雨水を溜めて循環して使用している。だから水は澄んではいない。
江戸時代は玉川上水の水をかけ流し状態で池に引き入れていたので、透明でとてもきれいだったそうだ。

江戸市民ののどを潤す飲み水を、ざんざん池にかけ流し。。今で言えばお風呂にペットボトルの水を使うみたいなもんかな。
江戸の大名がどれほど権力があったか想像に難くない。

まあそれでもこのあたりは、
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こんな井戸の跡があるように、湧き水豊富な地域ではあったようですが。。

後編 明治天皇の庭 に続く。

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