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2009年9月 6日 (日)

番外編 : まぶたの裏の町角

快晴のお散歩日和の日曜。かーちやんカレーの腹ごなしに暫く散歩。

昔東京タワー、いま愛宕タワー。
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路地路地に顔を出す風景にもだいぶ慣れたかな。

ここは猿寺さん。子供の頃からかーちゃんもばーちゃんも猿寺さん。正式名称は知らないの。猿の像があるんだよね。なんでかなあ。
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杉田玄白のお墓があるのだけど、今回Wikiで改めて偉い人だったのねと再確認。
思うんだけど、東京ってもっと『郷土の偉い人』を紹介してもいーんじやないかねえ。

小学校時代、毎日毎日登って通った歩道橋に上がる。
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おー。。空がきれいだね!

虎ノ門方向。
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子ども頃は平屋ばかりだった。右手に豆大福で有名な青埜の隣には同級生んちのお米屋さんがあった。中をのぞくと大きな精米機がいつもごーごー言っていた。お米にお正月ののし餅、年が開けると寒餅の御用聞きが懐かしい。

神谷町方向。
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左手には酒屋、その隣が同級生の鉄工所。ごく普通に人が生活する場所だった。虎ノ門三丁目なんてつまんない町名になる前は、『芝西久保巴町』。この町名がりきまるにとっての本当の住所だ。

このあたりはまた、古美術店の多い街でもあった。りきまるの同級生にもいて、高校を出ると京都に修行に出ていた。目効きとなるためには、本物をたくさん見る必要があるんだそうだ。

歩道橋脇に一軒、昔のままの看板が残っている。
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ここを右に曲がると鞆絵小学校跡地(今は近隣と併合されて御成門小学校。)。明治三年に開校した旧制東京府小学第一校。東京で一番古いのよ。えっへん。
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ばーちゃん三兄妹、かーちゃん三姉弟、りきまる三兄弟 おっといけねえりきまるは女だから姉弟、都合一族9人がここの出身なの。

小学校の前の中屋さん。みんなここで駄菓子や消しゴムやジャポニカ学習帳を買ったものだ。その中屋さんの隣
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看板建築の古い民家が残っていた。
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ここらへんの町屋に多くあったタイプ。ばーちゃんの実家の小鳥屋さんもこんなかんじだった。でもりきまるの知る限りここいらでは全く見かけなくなった。

小学校から桜田通りをのぞむとつき当たりに運送屋さん。小学校時代からこれだけは変わらない。ちょっと嬉しい。
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小学校の隣は今虎ノ門パストラル。ここが昔東京農林年金会館と言っていた事、知ってる人の方が少ないよね。こんなオブジェ、いつの間に。。?
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駐車場は8月15日の盆踊り会場に使われて、ここら辺のおとなも地ガキも大集合だったものだ。今新館がたってるあたりだったと思う。

パストラルの隣に小さなお社が残っていた。
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城山ヒルズのあるあたりは、昔は我善坊町もっと前は麻布我善坊町。弟がターザン遊びをする山があった。
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城山じゃなくて、確か仙石山だったはず。 弟の友達に、『仙石山イチの泣き虫』のミドルネームを持ってる子がいたっけ。

我善坊町の坂を上がるとホテルオークラ。たしかこの前の豪邸が葉加瀬太郎の嫁さんの実家。

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何度となく見てきたオークラ、できれば建て替えないでほしいなあ。でもそんな感傷抜きに変化してしまうのが東京なのであるが。

不思議なことに、街角にほんの一角でも昔が残っていると、それを見た瞬間まるで映画のように昔の街並みが頭の中に広がる。実はこの間ずっと、りきまるは昭和の町を歩いているのである。人間の脳はすごいな。

活気があってそれでいてのどかな昭和時代のりきまるの町。脳内に広がりまぶたに浮かぶそんな景色こそ皆さんに見てもらいたい、そんな気持ちでありました。

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